ある朝のカレラ。


 5000hit有難うございます。皆様に心からの感謝を。
 今回は本当にささやかなお礼と称しまして、看板小説である「ワタシトカレラ」の登場人物の朝の風景を書いた掌編を三つ用意いたしました。
 非常に短いので、さらりと楽しんでいたければ幸いです。



Q、どこの朝の風景を覗いてみますか?

 1、私
 2、桂木家
 3、峰藤浩輝
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1、私の場合



 案外目覚めが良いと私は自負しているほうなのだが、それも起こしてくれる目覚まし時計があればの話である。少し前に不慮の事故で――自業自得でもあったけど――お釈迦になったドラ○もんは捨てるのも忍びなかったから、そのまま枕元に放置されていた。
 しかし鳴らない時計は所詮はただの置物である。寝ぼけ眼に枕もとの携帯が目に入り、私はぼんやりとそれを手に取った。そしてその表示してある時間に、一気に眼が覚めた。
「ぎゃ、こ、こんな時間! 遅刻だ!」
 転がり落ちるように跳ね起きて、――実際ベッドから落ちた私はしたたかにお尻をぶつけて、数秒はフローリングの上でうずくまっていた。

「母さん、なんで起こしてくれなかったの!?」
「あら、声をかけたわよ? ――テレパシーで」
 階段を勢い良く降りてきて、母に八つ当たりのようにそういうと、朝っぱらから電波な言葉が返ってきた。付き合って切れないと私はトーストを口に押し込むと、鞄を引っつかんで「いってきます」と父と母に言葉を投げつけた。新聞を読んでいた父は、そこから視線を外すことなく曖昧に唸った。
 ローファーに足をねじ込むようにしてから扉をあけると、私は弾かれたように飛び出した。もしかしたら、私の俊足はこんな風にして磨かれているのかもしれない。

 喫茶店を通り過ぎる所になると、あ、という感じで声をかけられた。朝から神々しい光をしょった結城さんが店を開けているところだった。朝からあえてラッキーと思えなかったのは、見事に銜えられたトースト故だったりもする。誤魔化し笑いを盛大に浮かべながら、私はお早うございます。と挨拶をした。

「おはよう」

 相変わらずその柔らかな声は私の心を浮き立たせるには充分すぎる。やっぱりラッキーだったと思い直していると、結城さんは少しだけ笑いながら、自分の頭をちょいちょいと指した。
「そのままでも凄く可愛いんだけど……寝癖。付いてるよ?」
 ぎゃふん。そんな微妙な褒め言葉、いらないようないるような。
 好きな人の言葉に私は軽く撃沈された。

 ――いつも通りの慌しい朝である。



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2、桂木家の場合



 桂木結城の朝は人と比べてもかなり早めに始まる。
 歳の所為だとは口が裂けてでも言わせないが、昔から寝覚めはいいほうで目覚まし時計の長針がかちりと合わさる音で眼が覚める。そして四角いシンプルな目覚まし時計を止めてから、一つだけ伸びをして、写真の中の彼女に朝一番の笑顔を向けてから挨拶をする。銀色の写真立てのフレームが陽光を反射しきらりと輝いた。

 自分が喫茶店をやっていることもあってか、結城は目覚めの一杯には少しこだわりを持っている。週ごとにお茶のテーマを変えてみたり、自分のオリジナルのブレンドティーを考案したり。しかし砂糖とミルクが入っていれば皆同じ、という息子相手では正直張り合いがなかったりもするのだが。
最近の流行はネパール紅茶で、ダージリンよりも優しい味が特徴である。ベーコンの上に卵を二つ片手で割りながら、その上に塩と胡椒を少々まぶして。ベーコンに薄く焦げ目をつけている間に、数種類のフルーツをもりこんだヨーグルトを用意する。しゅんしゅんと湯気をたてるやかんの火を止めてから、階段の上に呼びかけた。そろそろ息子を起こさなくては。

「拓巳、ご飯だよ」

 声をかけてから経過する事十分。
 のそりという形容詞がぴったりな様子で拓巳が階段の上から降りてきた。最後の数段は踏み外したが、それでも素晴らしい反射神経で無様に倒れこむことはない。木の椅子に倒れこむように腰掛けて、それでも眼はまだとろんとしている。視点が定まらないその様子は、まるで精巧な等身大の西洋人形のようである。拓巳は結城とは正反対の低血圧で、朝食の席では別人かと思うぐらい無口だ。そして日が昇るにつれて段々とテンションが上がっていき、暮れきった後でも上がりっぱなしだ。――殆どの人にとっては大変迷惑な事に。
 拓巳の前の目玉焼きにトーストを添えて、それに半分ミルクでわった紅茶を注いでやる。それを機械的に口に運ぶ息子を眼にしてから、結城も頂きます。と自分のトーストに手をつけた。
「美味しい?」
「ん」
「よかった」
 微かに頷いた息子に、満足そうに笑って結城も紅茶を一口すする。――うん、美味しい。

 彼らを良く知っている人の想像とはかなり異なり、桂木家の朝はこうして静かに始まるのだった。



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3、峰藤浩輝の場合



 人の予想を裏切るかもしれないが、こう見えても浩輝は低血圧である。
 それでも拓巳ほど寝汚くはないし、本人も拓巳と同列に扱われるのは屈辱だったので、その強靭な意志を持って彼は毎朝眼を覚ますのだ。――そう言うといささか大げさすぎる心構えであるけれど。
 規則的な電子音が浩輝の耳朶を打ち、浩輝は枕もとの眼鏡に手を伸ばした。毎朝の動作であるだけに、容易に探り当てる。そして眼鏡をかけてから目覚まし時計を止めると、泣く子も逃げ出すような凶悪な顔で浩輝は体を起こした。かなり頭が重たいが、二度寝は絶対にしてたまるか、という鉄の意志である。因みにこの時、浩輝の不機嫌指数はレベルマックス。――幸い、犠牲になるような人物は周りに居なかったが。

 夜中のうちにセットしておいた炊飯器が炊き上がりを告げたから、浩輝は昨日の夜の残りである玉ねぎの味噌汁と肉じゃがを暖めてから食卓に並べた。男の一人暮らしにしては、なかなか豪華なものである。きちんと几帳面に着込んだ制服姿で、浩輝は手を合わせて頂きます。と呟き、箸を手に取る。
 性格が見事に反映された整然とした部屋には、箸が動く音と味噌汁をすする音しかしなかった。

 食べた後は食器を手早く洗い、乾いた食器は軽く拭いて棚に並べる。そしてちらりとカレンダーに視線を向けると、鞄とごみの袋を手にしながら革靴を履き外に出る。
 今日は燃えるごみの日なのだ。
 マンションの扉に鍵をかけていると、隣から最近越してきたOLと思われる女性が出てきた。

「――お早うございます」
「あ……お早う! えっと学校?」

 表情はまったくないのだが、一応は近所付き合いの重要さも少しは理解している浩輝は軽く頷き肯定した。失礼します、とあっさりと踵を返して外に出る。まだ会話を続けようとしたOLの彼女は空しくも口をつぐんだ。背中を見つめながらの台詞は感嘆のため息とともに消えていった。

「ゴミ袋持ってても、クールよねぇ」

――この男、朝からなかなか罪作りだったりもする。



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