オレンジ色の物体によっつ穴が開いている。
 それは目と鼻と口の形。
 十月の終わりごろにはよく見られる擬人化された南瓜(かぼちゃ)である。
「あ、ジャック・オ・ランタン」
 そう呟いた私に、良く知っているねぇと、結城さんは少しだけ微笑んだ。
 そういえばもう少しでハロウィンなのだ。日本には仮装してお菓子を要求する文化はないけれど、流石、クリスマスも正月もお盆も祝っている日本だけに、最近妙にオレンジ色をしている店が目立つと思った。今日のデザートもオレンジ色でほのかに甘い南瓜ケーキであるし。
 ――そして帰り際に結城さんは含み笑いとともにある忠告をした。


「Trick or Treat!」
 発音の良い英語に私は嫌な予感を覚えながらもゆっくりと振り向いた。
 廊下を歩いていた生徒も足を止めその声の主に注目している。見上げれば背の高いギリシア像がはじけるような笑みを浮かべて立っていた。その眼は何かを期待するように悪戯そうに輝いている。
「ほら2C、Trick or Treat だ!」
「二度も言わなくても解りますってば。ハイ」
 冷静に飴を差し出した私の反応が気に入らなかったのか、桂木はつまらなさそうに飴を受け取った。
 ――結城さん有難う! あなたの忠告が役に立ちました!
 私が胸の中で快哉を叫んでいると、何を思ったのか桂木は飴を袋から出すと、口に放り込みガリガリと噛み砕いた。そしてもう一度手を差し出してにっこりと笑った。

「Trick or Treat だ」

 そう来たか。
 桂木としては何としても悪戯と称して私を玩具にしたいらしい。
 ――ああ、よござんす。受けてたってやろうじゃないか。
「会長。トリートです」
 私もにっこりと笑って、袋から飴を五個とりだして突き出した。戦いの火蓋は切って落とされた。

 ガリボリ、ガリガリ。ガリ、ごっくん。
 見ているだけで胸焼けに成りそうな位の飴が桂木の腹の中に消えていった。私が持ってきた飴の袋も空っぽだ。――桂木拓巳侮りがたし。
 極度の味覚音痴も流石に甘くなってきたらしく、少しうんざりした表情をしていたが、飴の袋に視線を落とすと勝利を確信して実に嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「今日は大技、ジャイアントスイングだな!」
「絶対にお断りです。――あんまり私を舐めないで下さいよ」
 そういって私は鞄の中から2袋めの飴を取り出した。


 洗物をしながら、結城は胸に引っ掛かっていた事をふと思い出した。彼女には拓巳が昔からハロウィン大好きで、これをチャンスと悪戯を狙っているから、飴を携帯するように言った。しかし、子供の頃から型破りな拓巳の性格を現しているお得意のあの言葉。
「言うの忘れたけど、彼女……多分大丈夫じゃないだろうなぁ」
 彼女には悪いけれど、面白い反応するから、拓巳もむきになるだろうし。
 そんな事を考えながら、結城はジャック・オ・ランタンに視線を移し笑みを漏らした。
 ――結構黒。


「ちょっと! 会長! 卑怯ですよ!」
 廊下を走りながら逃げ回る私に、ぴたりと桂木は付いて来る。その高笑いに顔を青ざめながらも私はスピードを上げた。
「はははは! 無駄な抵抗は止めるんだな! 覚悟を決めて俺に回されるといい!」
「絶対、嫌!」

 トリックアンドトリート。
 それは欲張りな彼の呪文。


欲張りな呪文


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