岬来秋(みさき きしゅう)は脇に挟んでいた雑誌を、通りがかった友人、結城笙(ゆうき しょう)に渡した。
「貸してやるよ。ちっとはお前もこういうの、見ないとな」
「んー、わぁ、俺、こういうの読んだことないよー。有難うー」
「多分、糺も読みたがるだろうから、読んだら貸してやっても良いぞー」
「分かったー。有難うねぇ」
 にぱぁ、と子ども染みた笑顔で手を振り、笙は自分の教室へと戻っていった。
 来秋は笙とは180度異なる悪い笑みを浮かべる。
「…まぁ頑張れよ、保父さん」



 授業と授業の間の短い休みの時だった。
 榊糺(さかき ただす)は結城笙と喋りながらも、笙の方を向いていなかった。笙から借りた生物の課題を写していたからだ。本日提出である。会話は漫ろ だ。しかし笙が何かしらの雑誌を読んでいることは把握していた。ジャンプかマガジンか、そんなところだろう。
「ねぇ、糺」
「なんだ」
「あのね、来秋が雑誌貸してくれたんだけど」
「あぁ…」
 糺は生返事を返しながら、チロキシンをチロリシンと誤答していたことに気付き、消しゴムを探して顔を上げたところで漸く異常に気付く。笙が広げている雑 誌は、何と言うか年齢に相応しいものではあるが、環境には相応しいものではない。
「ってお前それ普通に広げんな!!そういうのは慎ましく見ろ!オープンにするな建前として!!あと、ちょっと俺にも貸せ!」
 慌てて周囲を確認し、笙の持つ雑誌を教科書で覆い隠す。教科書の方が小さいので、ピンクい部分が少しばかりはみ出ていた。
「なにー?凄く矛盾してること言ってるよねぇ?」
「とにかく今は仕舞え!!あぁもう来秋の馬鹿野郎が!!性的羞恥心に乏しいやつに貸してどうするんだ!!」
 悪友の一人、岬来秋を思い浮かべて糺は青筋を立てる。こうした状況を見越して、来秋は笙にエロ本を貸したのだろう。間接的な糺への嫌がらせだ。何しろ糺 は笙の保護者的な立場だと周囲に目されている。本人としては非常に不本意ではあるが。
 笙はフクロウのように邪気無く首を傾げる。
「えぇっと、ちょっと俺、馬鹿にされた?」
「ある意味褒めたぞ?純真無垢だねって」
「でね、糺。その本見てて思ったんだけど」
 糺は顔を歪めた。
 笙は精神的な性的成熟が遅い。高校生が普通に好む猥談ではなく、子どもの無邪気さでそういうコトを訊くので居たたまれなくなる。猥談は構わないが、それ とは一線を画した…そう…赤ちゃんはどこから来るの?と言った感じで学術的に生々しいコトを言われると非常に困るのだ。
 どんな言葉が笙の口から飛び出て来るのかと、糺は身構えた。
「何でお尻って二つに割れてるのかな?」
「……はぁ?」
「うん。そう言っちゃうと、なんでお乳って二つなのかな、とも思うんだけど、これは人間の受胎能力の問題かな、て考えたらまぁ納得出来るんだー。人間って 一般的に一度に出産するの、多くても双子ぐらいでしょ?生まれるの。でもお尻だよ?排泄器官と生殖器官があるだけだし。別に割れてなくても良いじゃない? 排泄器官はともかく、生殖器官なんてぶら下がってるだけだし。あぁ、女の子の場合は違うんだっけ…んー」
「…お前の父ちゃんに訊け。医者だろ」
「こういうのは医学とちょっと違うでしょ?」
 糺はプリントを放り出す。
 ――完全にやる気が失せた。
「――笙」
「なにー?」
「…エスケープするぞ」
「うん、良いよー」
 サボりの進言に笙はにっこりと頷く。糺は笙が抱えたエロ本をサブバックに放り込み、それから携帯で元凶たる悪友、岬来秋を呼び出す。
「――屋上に来い」
 それだけ言って切る。これだけで通じる。伊達に長年付き合っていない。来秋も逃げはしないだろう。面白がって出て来るはずだ。
 チャイムが鳴り、生物教師が教室に入って来る。そうなるとサボりにくい…が、糺と笙は最早遠慮や常識というものをかなぐり捨てていた。
 さっと、二人は敬礼して宣言する。

「「先生、お尻が二つに割れたので保健室行ってきます」」
「一生、帰ってこなくていいぞー」

 若い生物教師はさらりと流し、授業を開始した。問題児にいち早く順応し、また見切りを付けた教師だった。若さが為せる技だろう。
 糺と笙は顔を見合わせて笑った。
 クラスメイト達は唖然として二人を見ている。

 ――馬鹿やっている自覚は、十分に、あった。


「きーしゅーうー?」
「やっほー、来秋。雑誌有難うねー」
「おぉ、糺に笙。…ふふん?その顔は…計画通り」
「お前な、間接的な嫌がらせは面倒いからヤメロ」
「こういう罠に掛ける感じが堪らんのだけどなぁ。お前は変なところで真面目だから、からかい甲斐があるんだよ。…なーんか屈服させてやりたくなるんだよ なぁ。こう…抱かれたいっていうよりはぐっちゃぐちゃにしてやりたい感じ?どう?俺にヤラレてみる気ねぇ?優しーくしてやるぜ?」
「あっはっはっはー。願い下げだ」
「?あれ?男同士って出来るの?」
「あぁ…何なら実地でやってみるかー」
「ははははは、相変わらず悪食だなぁ、お前」
「えー、見てみたいー」
「お前も興味示すんじゃねぇ!」



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 今野さんから小説を頂きました。サイト5周年記念だそうです! そして、このネタは私がブログで、
「先生、お尻が二つに割れたので保健室行ってきます」
「一生、帰ってこなくていいぞー」
 という会話の作品が読みたい、と言っていた所本当に書いてくださいました。勇者!
 この乾いたハードボイルドな感じがすごく心地よくて、馬鹿話話してる彼らが愛しいです。
 今野さん、素敵な小説をどうもありがとうございました!


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往復書簡ノ中ニテ戯言ヲ