穂が風に揺れ、金色の海原が波を寄せる。徐々に沈んでゆく神の目が、海を赤く染め上げていた。
 そのど真ん中に少年は物言わず佇んでいた。白い絹糸の髪に褐色の肌は、ここから遠く離れた水の惑星ではお目にかかれない異形である。紅玉のような目を閉じ、空気を胸いっぱいに吸い込めば、芳ばしい穂の匂いが鼻孔に広がる。そして、ぴん、と立てた長い耳を風見鶏のように動かすと、風にのって村人たちの興奮のさざめきが聞こえてきた。ルカはそれににんまりと唇を緩ませ、村に向かって翔ぶように駆け出した。身のこなしが俊敏で、跳躍力は村一番との呼び声も高いルカだが、その足取りも今日は格別に軽く感じる。
 だって。今宵は祭だ。
 跳ねるにつれ褐色の手首につけた装身具が、しゃらん、と鳴る。押えきれない高揚感から、ルカは地上から高く飛び上がって、一回転を決めた。そして、しなやかに音なく着地すると、再び駆け出す。
 息せき切って村の中に飛び込めば、祭の準備に追われていた幼なじみのユエと鉢合わせ、ルカは思わず肩をすくめた。ルカの予想通り、ユエは剣呑とした空気で眦を釣り上げた。
「ルカ……どこいってたの! こんなクソ忙しい時に!」
「悪ィ! 今日は格別に神の目が綺麗だったからさ。沈むとこ見てたんだよ!」
 手を合わせて拝んでみたが、ルカの言い訳はユエにとっては何の意味も無かったらしい。怒気は余計に膨れ上がったようだ。
「あっそう。それはそれは! いいご身分だこと!」
「そんな怒らないでくれよ! 謝ったじゃんか!」
「謝ってすべてが許されるなら、ユーラ(巫女)様なんていらないのよ! 言いつけてやる!」
 ふん、と鼻をならしたユエは荒く踵を返し、それをルカが追いかける。往来を行き来する村人を避けながら、ルカがユエを宥めるのは村では見慣れた光景なのである。



 神の目が沈みきり、群青色の空の主役は女神へと移る。女神の涙はぼんやりとした卵色の光を放ち、今宵の祭には欠かせない酒の肴となっていた。
 村では祭がついに始まり、いたるところで酒を煽る村人たちの歓声があがっている。しかし、そんな浮ついた気分とは反して、ルカはぶすくれた表情で地面にあぐらをかいていた。ルカの目の前では、赤い着流し姿の男が、手にした楽器の弦を弄っている。びぃん、びぃん、と獣が哀切を訴えるような響きが高くなったり低くなったり。長耳の舞手を踊らせる為の囃子は、祭にとってはかかせないもので、ルカの兄、デューカはそれの名手だった。
「ユエの癇癪なんていつものことだ。ほっときゃあ、いいじゃないか」
 俯き加減で調弦するデューカの横顔を見ながら、ルカはため息を吐く。
「だってよ、ほっとくと後が怖いだろ。ユエってまじで短気だよなぁ」
 唇を尖らせれば、デューカはくくく、と喉で笑う。デューカが顔をあげると、彼の横顔を覆っていた長髪がさら、と流れた。
「なんだ。もう尻に敷かれてるのか。そのうち耳引き抜かれないように気をつけろよ」
「なっ、俺とユエはつがいでもなんでもないぞっ!」
 むきになる弟に適当な相槌を打ちながら、デューカは流れるように弦を爪弾き始めた。空気を震わせるのは洗練された旋律である。ふわり、とどこからやってきたのか長耳の舞手が踊りはじめる。それは重力を感じさせない、見事な舞だった。ルカが苛立も忘れ見入っていると、頭の上にごすん、と重たいものが置かれる。自慢の透けるような耳が折れ曲がって、痛かった。
 文句を言おうとして見上げれば、ユエの鋭い視線とかちあう。
「……あんたの大好物でしょ」
 重々しい声に圧倒されたものの、ユエが持ってきてくれたのは、乾燥させた葉に巻かれた、女神の涙の形をした団子だ。
「お、おぉう。ありがと、なぁ」
 照れくさくなって、つっかえつっかえお礼を言えば、デューカが楽器をかき鳴らしながらも呆れた風に肩を竦める。ユエも不貞腐れた顔で、勢い良く腰をおろすと、無言で酒を煽り始めた。流れる空気はいつもと同じ、生暖かく優しいもので、頬を掻いていたルカは、さっそくユエが作った団子を口に運ぶ。一口大の大きさのそれはほのかに甘く、ちょうどいい弾力に茹でられて、ルカ好みだ。
 女神の涙を背景に、優雅な長耳の舞手が祭を彩る。酒なんて一滴も飲んでないはずなのに、酔っ払った気分で、ルカはぽつりとこぼした。
「あのさぁ、あの瑠璃色の星には、耳無しの動物がいるってほんとかな?」
「さぁ、どうだろうね。ただのお伽話だろう?」
 デューカは、頬にゆるい笑みを刻みながら、そう答えた。酒をすごい勢いで飲んでいたユエは、半眼で頬杖をつく。
「どっちにしろ、ルカには確かめられないでしょ?」
「わかんないだろ。もしかしたら、あの瑠璃色の星から、耳無しがやってくるかもしれないじゃんか!」
「へぇー、ルカってば夢見がちなのねぇ」
「馬鹿にしてんのかっ!」
 ユエに食って掛かるルカを、まぁまぁと宥めながらデューカは瑠璃色の星を仰ぎみた。
「まぁ、外星には何がいるかわからないからね。ルカの話も満更じゃないかもしれないよ。何より夢があっていいじゃないか」
「だろっ! デューカは話がわかるなっ!」
 嬉しそうに顔を輝かせたルカは、新しい団子をつまんで、上機嫌で口に運ぶ。デューカはルカに甘いよね、というユエ言葉も聞こえないふりで、ルカはごろりとその場に大の字に寝っ転がった。ルカの目前に広がるのは、女神の涙や、瑠璃色の星を内包した、見事な群青色の天体である。

 どっかに、今、俺とおんなじことしてる外星人もいるのかな。

 わくわくとした想像で胸をいっぱいに膨らまして、ルカはまどろみに身体を委ねたのであった。


月見祭?



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御礼&蛇足という名の後書き
 余々さんのところから頂いてきたお月見のイラスト! ウサギが月見っていうところがまた情緒あって素敵です。地球で言うところの月にうさぎ、みたく、宇宙人も地球にイキモノ、っていうエピソードや伝説あると楽しいなと思います。
 余々さん、本当に素敵なイラストをどうも有り難うございました!


余々さんのサイトはこちら! Rosmeralda.