眼鏡の似合う人2




 よくあるでしょう、地域の情報を編集してまとめた、ミニコミ誌。でもってたまに、読者参加企画として、手を変え品を変えて、何々ランキングしますので、投票募集-!って公示を出してるのよね。
 この間の号に「次は『眼鏡の似合う人』エントリー開始。自薦他薦の投票をお待ちしてます!」とあって、思わず「ああ、懐かしい」と思ったわ。確か高校の時にも新聞部が似たようなことやってたよなあ、と。
 でも、全く他人事で、フタ開けて知り合いがいたら面白いなあ、くらいに思っていた。
 あの電話があるまで。


「電話よー。タカハラさんて方から」
「タカハラー?」
 はて、知り合いにいたっけ、そんなヤツ。
 セールスかもしれないと気を引き締めて出ると、相手は若い女性だった。
「はい、もしもし?」
『あのーアキさん?私サユキですーわかりますー?』
「さゆき・・・」
『あの、ランスロットの・・・』
「ああ!沙遊希さん?あの?」
 やっと思い出した。高校の時から好き者を集めて活動していたサークルの、リーダー格の一人だ。我が校を締めていた友人の、中学同窓生で、他校を取りまとめていた人。名前と話はよーく知っているが、直接会うことは少なくて、パッとは思いつかなかった。
「うわあ、お久しぶりですー。お元気でしたか?」
 ひとしきりご挨拶をして、出てきた本題はというと。
「あーあの、眼鏡の似合う人?」
 件のミニコミ誌の企画。
 なんと、絵の巧かった沙遊希さんは、今、かの編集部にいるんだそうな。で、いわゆるサクラ探しをしている。まあ今時、二十代半ば近くになって、未だに眼鏡を掛けているヤツは、余りいないか・・・。私んところまで来るくらいだからなー。
『推薦は私がしますんで、アキさんは名前載せる許可だけ下さいー。あ、最終のトップ3まで行ったら、写真載せることになりますけど。・・・駄目ですかあー?』
 そんな、泣きそうな声で言わなくても・・・。
「あー・・・いいですよ?」
『ホ・・・ホントにっ?』
「はいー」
 うちの兄貴が好きなのよ、こういうミニコミ誌。たしか喫茶店ランキングの時に、自分のバイトしてる店を入れようとして四苦八苦した話を、得意げに話してくれたことがあったっけ。だから、よくわかってる。サクラの名前が載るのは最初だけ。最終ランキングなんて残るわけもない。万が一残ったら・・・面白いじゃないかー。ヤツに自慢してやれる。
『あ、ありがとうございますー!』
「いえいえ」
 その時は、のほほんと構えていた。


『チビー!お前載っとるがー!』
「はい?」
 件の兄貴である。毎号金出して買って隅から隅までチェックしている愛読者は、早速自分の妹の名前を発見して、興奮して電話してきたのだ。
『眼鏡の似合う人かい-!』
 あー。テンション高いなこの人はもう。
「知り合いに言われてね、ちょっと」
『まーそうは続かんと思うがな。ホラ喫茶店ん時ワシが『森』紹介したろ思て知り合い皆に声かけた時も』
 うわはいはい、耳タコ耳タコ。
『まー見とったらい、お前のも』
・ ・・ドウモ有難うって、言うべきなんでしょうか・・・。


 このランキングは、割と大ざっぱに、期間中編集部に届いたハガキを、1枚1票と数えて決められる。つまり、複数投票が可能なので、金さえかければ水増しもできる。でも、だからこそ、しょせんは弱小ミニコミ誌の企画だ。上位に入ったら賞金が出るわけでもない、小さい白黒の写真で紹介されるのがせいぜい。こんなのに血道を上げるのは、うちの兄貴くらいのもんじゃないかな。田舎とはいえ県庁所在地近郊だから、店ならともかく個人ランキングなんて、皆「誰この人」状態だ。次の号では、たくさん新しい名前が出て、私はずずいと下がってしまった。まあ順当な推移だろう。来号くらいには消えるかな、と思ったんだが・・・。
 予想外。
 そのまた次の号、そろそろ消えると思った頃に、順位が再び浮上しちゃったのだ・・・。


『ぅアキちゃん!』
「はいぃ?」
『あんた、載ってるやないの、例のヤツ!今日見て初めて知ったよ、ビックリしたー!』
「ああ、うん、何だかね」
『私今日ハガキ出しといたからね!』
「はい?」
『もー相変わらず水臭いわあんたはー』
「あーごめんーありがとうー」


 似たような遣り取りは、そりゃもうたったの数件ばかり。
 なのに、おそらく母数が相当に増えているに違いない次の号でも、何故か私は良い位置に・・・トップ10ではないけれど、その次の固まりくらいに、いた。
 うーん、我ながら、スゴイ。
 一体ドコのダレ様が入れて下さって、こんなになってるんでしょう・・・。
 旧友に電話でポッツリ漏らしたら。
「・・・アンタ自分を知らんよね・・・」
 と地を這う声で言われたよ。
 ああ、これ前にもコイツに言われたな。高校の頃だっけ。私は結構な校内有名人だったらしい。
 でもさ、今はしがない銀行の裏方勤めだし。
 はて・・・?


 本人は一切何もしてませんが状態で、最終ランキングはついに9位で終わった。得票総数1,533票。とっくの昔に知り合いの数を超えている。凄いなー、自分。
 さらに上を行く、写真が載った上位の人達はというと、どうも皆さん喫茶店や営業などの客商売してる方のようだった。まあ、大健闘ってところか。
 とはいえ、収まらなかったのが例のヒト。
『お前ぇ、何だあのランキング!信じらんねぇ、何様?』
 兄貴のアンタが聞くな。
 別に何もしてない、と言ったら、余計に五月蝿かった。
 意味なくとても疲れたよ、全く。
『ありがとーアキちゃん!おかげで盛り上がったよ!』
 私も良い経験させて頂きました、沙遊希さん。


 たかが眼鏡、されど眼鏡。よく考えるまでもなく、別に人気ランキングというわけじゃない。
 でも、見返りもないハガキ1枚分の関心が集まって、こんな思わぬ結果をもらった。
 何だか、すごく嬉しい。
 だもんで、眼鏡はやっぱり、これからも愛用することに決定!
 たとえ母が「年頃の娘が」と、どんなに嘆いても。
 いいじゃない、ねえ?

《了》


前項

作者/oki