神様派遣します




人間というものは欲深い生き物である。特に金に関しては誰しもが欲しいと思う。
もちろん金がなければ生活をするのも難しいだろうし、何もすることも出来ない。また金がもらえるから人は働くのである。
けどいざ大金が手に入るとあっという間に使ってしまいすぐに無くなってしまうのである。

神奈川県に住むサラリーマンの福原司さん。30歳の独身である。
家族3人住まいだが一家はそれほど仲が良くない。
父親は少し前までは商売を営んでいたが酒に溺れ廃業し、金使いも荒く沢山の人をだまして私利私欲に走っている嫌われ者だ。
母はパートをしているが家事が苦手で部屋は汚れ放題、料理もインスタントや店屋物ばかりである。
こう言った家庭環境なので福原は家では親とはほとんど会話せず、家に帰ったら自室で過ごすのが常である。
はっきりいいって福原自身親は「居ても居なくてもいい」状態であった。確かに自分で働いているので金にはそれほど不自由しないし、仮にこの家を出て行っても生活は出来ると確信している。

けどそんな福原の生活に大きな変化がおきた。
母親が【振り込め詐欺】に引っかかり、福原の通帳から預金額の大半を勝手に引き出したのであった。
もちろん福原は勝手に他人の金を引き出した母を怒った。本来なら親子であるのなら多少は手加減するのが普通であるが、残念ながらそんな心はなかった。
そして福原は自分を生んでくれた母に対し「俺なんか生まれてこなければ良かったんだ!」と捨てせりふを吐きだした。
その言葉を耳で受け止めながら母親は何も抵抗することも出来ず涙を流すしかなかった。
確かに頭が混乱しながら咄嗟に息子の金を使ったのは悪い。けどそれしか手立てがなかったのだから・・・
いくつかの暴言を吐いても過ぎたことは仕方ない。福原は適当なところで切り上げ、一人家を飛び出した。

「あーあ、これでなけなしの貯金もなくなってしまった。これからどうやって取り戻そうか・・・今の会社の給料は安いし・・・・・いっそのこと自殺してしまったほうがいいのか・・・」
福原自身半分自分が居なくてもかまわないという考えを持っていたので、死に対してもさほど恐怖はなかった。
神様が仮に〔貴方は明日死ぬ運命になってます〕」と言うならそれに従うし、無理に生き抜こうとはしない人である。
彼があてもなく田んぼ道を歩いていると後ろから声がしてきた。
「命を粗末にしてはいけません。楽に金を稼ぐ方法ならありますよ。」福原が振り返るとそこには初老の老人が立っていた。
(どうせインチキだろう)と聞き流すと、老人はおもむろに黒ぶちの眼鏡を取り出した。
「この眼鏡をかければあなたでも神様が見られます。その神様の言うことに従えばすぐにでも金持ちになります。」
半信半疑ながらも福原は老人のほうを振り向いた。
老人は(脈が有った)と思い自己紹介をした。「私は【神様派遣協会 関東支部】の会員の安田というものです。」というと名刺を福原に差し出した。
確かに名刺には尤もらしいことが書かれている。「私どもには人生に嫌気がさしてきた人に光明を与える非営利組織です。もちろん神様の派遣は無料で行えます。」
福原は(どうせタダなら騙されたと思って一つやってみるか)と思った。
彼は了承すると、老人は眼鏡を福原に渡すと簡単に説明をした。
「この眼鏡をかけると、死神の姿が見えます・・・」
福原は「死神」の言葉を聞いて一瞬引いた。「えっ!死神ですか?怖くないですか?」と問いかけると、
「いえいえ、死神に従っていれば怖くありません。ただし死神独自の考え方がありますので決まりを守らなかった場合は命の保障は出来ないでしょう。」
神様というからには福の神を派遣してくれると思ったら大間違いであった。そのことを老人に聞くと、
「いやー、今は福の神は大人気でキャンセル待ちの状態が3年続いているんて。やはり単刀直入に福を得たい人が大勢居るのですね。」
(やはり同じように儲けたい人が大勢居るんだな)と感じた。
駄目押しをかけるように老人は「けど死神は他の神よりも確実にお金が稼げますよ。これを知らない人が多いのはもったいない・・・」とつぶやいた。
そういうこととなると、福原は死神が見える眼鏡を返す気にはならなかった。
福原は老人に礼を言うと「くれぐれも奴の機嫌を損ねさせるなよ」と忠告しその場を去っていった。

家に帰ると老人から頂いた早速黒ぶちの眼鏡をかけてみた。
すると彼の前に死神が立っていた。「わしは死神である。お主が今回の客か。まあいいだろう。わしの言うことを聞けば簡単に金など手に入る。」
福原は「本当ですか?」と尋ねた。
すると「間違いない。【命】を司るわしが言うことだ。」と言い笑った。
「お前は今から医者になれ!」というと福原は「医者は今では免許がないと勝手に開業できない」と答えた。
「それなら祈祷師になれ!それなら無資格でも何とかなるだろう。」それでも福原は納得しない。「けど祈祷の仕方も分からない・・・」
そう答えると死神は「どうせ相手が分からなければいいんだから適当に何か唱えればいい。」と答えた。
「わしは死神だから人の死期が手に取るように判る。お主が死にそうな人の前に行ってその眼鏡を掛け、わしが立っていればその人はまだ命がある。適当に祈祷すればわしは退散する。それによってその人は元気になる。
けどわしがその人の前で寝ていたらその人はもう寿命ということで必ず死ぬ。その場合はもう助からないとはっきりと断れ。」
福原はそれを聞きながら納得した。「すると死にそうな人の前にあんたが立っていればいいんだな。」と尋ねると、
「そうだ、そうすればその家の家族はきっとお主に祈祷料と相当の額の御礼をくれるだろう。」と答えた。
さらに福原は「その一番肝心な死にそうな人はどうやって探せばいいんだ?」と尋ねた。
けど死神は「そんなことはお主の足で探せばいいことだ。そこまでわしは手取り足取り教えてあげない。」といった。
そして最後に「このことは相手が老人の時でしか通用しない。相手が若者だった場合はお主の残り寿命から相殺するようになっているから気をつけなさい。」
けど福原にとっては最後の言葉の意味が分からなかった。老人相手しか使えない事さえ分かればいいと思い、最後の言葉はそれ以上気にはしなかった。
死神は「わしが教えるのはこれだけじゃ。それでは大いに稼ぐがよいぞ・・・」と言う言葉を残し、姿が見えなくなった。

福原は仕事をしながら今後の行動について作戦を練った。
(まず祈祷師になりきるためそれらしい衣装を買い、もっともらしい名刺を作る。そして大きい病院にいって重病患者を探す・・・)
退社後彼はディスカウントストアで安いスーツと山高帽と祈祷棒の代わりになるものを買い、駅のホームにあった簡易名刺作成機に金を入れて〔祈祷師 内田豪徳〕と入力した。
もちろん本名だと怪しまれるので格好いい偽名にした。名刺にはさりげなく福原の所有するネットバンクの口座とメールアドレスも記入しておいた。
駅から福原の自宅の間にそこそこ大きい総合病院があったので早速行ってみることにした。
時間は夜6時を過ぎていたが、面会の時間内なので病室にも立ち入ることが出来る。トイレで祈祷師に変装すると「金づる」になりそうな人を探した。
7階の特別室にいる患者あたりが脈がありそうだと思い、眼鏡をかけて一部屋ずつ確認した。
すると703号室の患者の寝ている脇に死神が面会している家族の脇に立っているのを発見した。
福原、もとい祈祷師の【内田豪徳】は「こんばんは。私はこういうものですが・・・」と言い家族に名刺を差し出した。
家族はスーツに黒ぶち眼鏡、山高帽に祈祷棒という一風変わった姿を気にしながらも真剣な眼差しをしている。
(うまくいくかな・・・)と思いながらも「こちらに入院しているお婆様が今夜が峠だと言うことを聞き駆けつけてきました。私の腕にかかればすぐに病も良くなります。」と語った。
家族にとっては今日明日にも死ぬかもしれない家族の命が助かればという気持ちだから半信半疑になりつつも承諾した。
祈祷師は家族が見守っている中、祈祷棒を振り適当に呪文を唱えた。患者の脇にいた死神が呪文を聞くと一目散に病室から逃げ出した。
死神が居なくなったのを確認後「祈祷は終わりました。明日には病は回復され元気になるでしょう。」と話し病室をあとにした。家族は一斉に「ありがとうございます!」と礼をした。

翌日福原に一通のメールが届いた。差出人は昨日病院であった一家であった。
「おかげさまで内田様の祈祷のおかげで母も元気になり今週末には退院できるそうです。名刺に書かれていた口座に心ばかりの謝礼を振り込みました。」と書いてあった。
退社後銀行の口座を確認したところなんと300万円も振り込まれていた。母が勝手に持ち出した金額を遥かに越える高額であった。
福原は満面の笑みを浮かべながらこう言った。「これで勝手に取られた金は戻ってきた。やっと安心した!」
けど人間と言うものは欲深いもので、ここでやめていればよかったのであるが、福原はさらに金欲に走った。
福原は休日になると首都圏の大学病院を巡り、黒ぶち眼鏡をかけて死神が脇に立っている患者が居ないかどうか探し続けた。
最初のうちは必ず一人くらいは死にそうな患者が居たので、祈祷師として稼業することが出来た。
最初の一ヶ月で7組の老人を死から救った。それと同時に預金額も2000万を越えるようになった。


一瞬にして富豪になった福原は、会社の有給を全て使い2週間の世界旅行に出かけた。帰国後も自家用車やパソコンやTVを購入し、休みになると歓楽街へと女遊びに行く日が続いた。
金を使えばなくなるのは当たり前で、ことに容易に手に入った金の場合あっという間に出て行ってしまうものである。
預金もあっという間に100万円まで減ってしまった。けどこの段階ならまだ母が勝手に引きだす以前と同じである。考え方によってはいい夢を見たと言う形で打ち止めにしても良かったのである。
けどすっかり金の亡者になってしまった福原は、また「金儲け」をしようと思ったのである。
何気なくメールを開くと3通届いていた。その全てが以前お世話になった家族からである。
そのうちの一通は「私の知り合いの祖父が危篤です。大至急祈祷をお願いします」とのこと。
福原は早速その家に出かけた。
その人に家は埼玉にある農家の本家で、襖をぶち抜いた奥の部屋に90歳は越えていそうなお爺様が寝ている。その側に家族をはじめ親類が集まっている。
「お待たせしました。祈祷師の内田豪徳です。」と言い早速祈祷を始めようとした。
しかし、死神は床の間に寝転がっているのではないか!死神が寝ている=寿命であり助からない と言うことである。
祈祷師は「申し訳ありません。お爺様は寿命らしく、助かる見込みはありません。」と答えた。
けど家族と親類は黙って入られない。「なぜ駄目なのですか!」「うちに限って助からないとは何事ですか!」罵詈雑言が一斉に祈祷師に降りかかった。
まごまごしながら訳を言っても聞く耳を持たない。仕方なく祈祷棒を持ち寝ている死神を向かって起こそうと振り払った。
けど努力の甲斐なく死神は動こうともしない。(やることはやったんだ)と自問自答し「一応祈祷は終わりました」と言い、寸志を頂くと逃げ出すように屋敷を後にした。

それからというものどの病院にいっても死神は患者と一緒に寝ているのであった。これでは仕事にならない。
眼鏡をかけたままスーツ姿で大きな大学病室の廊下を歩きながら(そろそろ年貢の納め時なのかな・・・)と思った矢先のことであった。
知らない間に婦人科の病棟を歩いていた福原はふと病室に目を向けると出産したての患者の脇に看護士と患者の夫と死神が立っていたのであった。
(久々に金が手に入る!!)と思った福原は数ヶ月前に死神が行っていた約束をすっかり忘れていた。ただ彼の頭にあるのは「患者の脇に死神が立っていればOK」だけであった。
看護士に訳を聞くと「この患者さんは初産で、出産時の大量出血により今は予断を許さない状態です。」とのこと。
看護士が退出した後彼は夫に向かってこう言った。
「私はこういうものです。奥様を死の淵から追い払うことが出来ます。」と言い、名刺と過去の栄光である感謝メールの印刷した物を渡した。
夫は喜び快諾した。そして「看護士が来る前に祈祷しましょう!」と言うと祈祷棒を振り払った。
彼の存在に気づいた死神は「お主には無理だ。今からでも遅くないからやめ給え」と叫んだが祈祷師・内田は無視して祈祷を続けた。しばらくして諦めたかのように死神は退散した。
「これでもう安心です。明日には回復するでしょう」と言うと病室を後にした。

翌朝その夫からメールが届いた。
「拝啓、内田祈祷師様。昨夜はご祈祷ありがとうございました。妻は奇跡的に出血が止まり危機的状態から回復できました。申し遅れましたが私の妻は女優であります。マスコミに妻の奇跡的回復は伝えました。
マスコミをはじめ芸能関係者から頂いた多数の見舞金と私どもからの心ばかりの礼金を、妻の命の恩人である内田様の口座に振り込みいたしましたので今後ともご自愛のほどよろしくお願いします。」と書かれていた。
すぐさまパソコンでネットバンクに口座照会してみたら一億円もの大金が振り込まれていた。
TVをつけたら丁度ワイドショーが放送していてこの事を報じている。確かに福原も良く存じている人気女優だ。まさかあの時の患者が大物女優だったとは・・・!
(こ、こんな大金を一夜にして手にしてしまった!!これも死神のおかげだ!)福原は歓喜の余り踊りだした。(これで一生働かずに暮らせる!)と思った。
そう思ったらすぐ行動で、福原は翌日会社に辞表を提出した。

その夜自分の部屋で何気なしに眼鏡をかけた。すると死神が目の前に現れた。
「お主はわしとの約束を破ったな・・・」と怒り出した。そして「このことは相手が老人の時でしか通用しない。相手が若者だった場合はお主の残り寿命から相殺するようになっているから気をつけなさい。」との言葉を繰り返した。
福原ははっとした。確かにそのようなことを聞いた覚えがある。けど最後の言葉の意味が分からずそのままうやむやにしていた。
死神は説明し始めた。
「そもそもこのシステムはおぬしの命と引き換えに患者の寿命を延ばすようになっている。相手が老人で本来の寿命よりも早く死にそうで有る場合、わしが退散した時点でおぬしの寿命から1年を差し引いてその患者に与えていたのじゃ。」
福原はそれを聞き思わず納得した。すると合法的に老人を助けたのは7人だから7年寿命が縮まったと言うことだ。
「お主の本来の寿命は87歳なのでこの段階での寿命は80歳であった。けど先日若い女性を助けたな。」
福原は何と無く不安な感じになった。
「あの女優の本来の寿命は78歳。彼女の年齢は28歳。つまり50年分をおぬしの寿命から差し引いて彼女に与えたと言うことじゃ。」
80−50=30。つまり今の時点で福原の寿命は30歳ということになった。
「つまりお主は一億円と言う大金と引き換えに今年死ぬ。言い換えればお主は命を金で買ったのだ。分かりやすいようにお主の【命のろうそく】を持ってきた。このろうそくの炎が消えた時点でお主は死ぬ。けどこれに他の人のろうそくをつなげばお主の寿命は延びることになる。お主にそれが出来るかな・・・」
と言うと死神は短くなったろうそくを福原に手渡した。ろうそくの下が切り取られていて、残り1cm位になっている。
「眼鏡をかけて寝ている人の前にいけばその人のろうそくが見える。それをうまく切り取ってつながれば命がつながる。わしが出来ることは今はこれだけじゃ。後は健闘を祈るだけじゃ・・・」
というと死神の姿が消えた。
「他人の命を奪う、か・・・。」けどそれは福原にとっては容易なことではなかった。けど考え方を変えれば相手によっては簡単かもしれない。
彼にとって親は「居なくてもいいもの」である。しかも母には貸しがあるし父は散々家族に迷惑を掛けてきた。もらった金で何とかエサを与えれば・・・と邪な心が芽生えてきた。(まずは両親からだ・・・)

翌日両親と一緒に高級レストランでの夕食を提案し、久しぶりに一家3人で豪華な食事を堪能した。その夜は息子の提案が嬉しかったのか飲んだ酒が強かったのか帰宅するなり寝てしまった。
深夜。眼鏡を掛けた福原は両親の寝室に入り、目の前に浮かんだろうそくを少しずつ削り、自分のろうそくに繋げどうにか20年分の寿命を獲得した。
けど親の命を削ったことで何と無く後味が悪い。とりあえず部屋に戻り死神を呼んだ。
「何とか寿命を伸ばせることができました。死神様の心遣いありがとうございます。これに懲りて両親を大切にします。」と謝った。
死神は全て分かったような顔つきで「分かればいい。どうやら心が入れ替わったようだな。その気持ちに免じて特別にお主の寿命を75歳に訂正しておくぞ。これに懲りて残りの人生を余り欲張ってはいけないことだな。」と言った。
最後に福原は「これからは人の気持ちがわかるような大人になります。」と誓い土下座をすると死神は笑いながら去っていった。死神が消えた後、黒ぶちの眼鏡はただの伊達眼鏡に変わっていた。

翌日、両親も相変わらずいつもと同じ生活をしているが福原は容認することにした。息子に寿命を削られたことは全く頭にない。
福原は一億円のうちの9000万円を女優が主宰している福祉団体に寄付した。
すっかり回復した女優は福原に対し、「せっかく貴方様に差しあげたお金を私の団体に寄付していただいてありがとうございました。」と多大な礼を言った。
今気がついたことだがその女優もプライベートの時は黒ぶちの眼鏡をしているのだ。
(眼鏡が取り持った縁は不思議なものだな・・・)と思った。

それが縁になってか福原は寄付をした福祉団体の職員として採用され、その女優との交流は今でも続いている。これも死神のおかげと言えばおかげである。
けどその死神は福原の許に現ることは二度となかった・・・
(今頃死神はまた別の人に祈祷を伝授しているのかな・・・)と福原は思った。


※この小説は、古典落語「死神」を現代風にアレンジしたものです。

《了》


前項

作者/K.S