もう僕には必要無い物だから




もう僕には必要無い物だから

 僕は、柄にもなく泣いた。手の中には愛用の眼鏡がある。そして、泣きながらもなぜこんな事になったのか思い出してみた。
 思えば3年前だったか。君を入学式で見たとき、僕が持っていないものをたくさん持っているような気がして憧れた。君はあの時新入生代表で誓いの言葉を述べていた。君は勉強が出来る進学クラス、僕は勉強嫌いな人たちのクラス。でも救いだったのは、頑張り次第で僕みたいな奴でも進学クラスに行けるってシステムが、学校に用意されてたって事だ。みんな無理だって言ったけど、僕、頑張ったんだ。頑張って這い上がっていって、同じクラスになって、それで君にふさわしい男になって告白しようと思ってたんだ。
 来る日も来る日も頑張って、2年のときは偏差値も50を超えて、3年には念願かなって同じクラスになった。新クラス発表のとき声を出して喜んだのを今でも覚えている。これで君にふさわしい男になったんだと思ったのに、君が友達と話しているのを聞いたんだ。
「私ね、T大目指してるんだ。やっぱり彼氏になる人とは同じ大学に行きたいよね」
 これを聞いて思ったんだ。そうか、同じクラスじゃダメなんだって。だから僕、一生懸命頑張ったんだ。君と付き合いたい一心で夜遅くまで勉強して、模試の順位だってかなり上がったんだ。気がつけば模試でも全国一、その頃には僕は眼鏡をかけるようになっていた。それに驕らず努力をして、難関と言われるT大医学部にも現役で合格したんだ。だから、だからこの河川敷に呼び出したんだ。だって、誰かに見られたら恥ずかしいだろ? 君が二つ返事で来てくれたから、期待するぐらいいいだろ?
「あの……」
「何? 用があるんでしょ?」
「うん、あの、僕、東大受かったし、君にふさわしい男になれたと思うし、その、付き合って……」
「やだ」
「へ?」
 僕の思考が止まった。いや、止まらなかったが鈍くなった。何を言ってるのか、何を言うべきか、見当もつかなかった。
「何で?」
「だって好きじゃないもん」
「な……ちょっと待てよ。僕は君に3年前一目惚れしたんだ。それから君は僕の目標だった。ずっとずっと君を見てきたんだ。僕は君の事全部好きなんだ。ずっとずっと好きだったんだ。それなのに断る理由が『好きじゃない』って納得がいかないよ!」
 そのとき君がこう言ったんだ。ああ、そうだった。この一言のせいでこんなにも悲しいんだ。
「はあ? マジキモいんだけど」
「キモい?!」
 君はまるで汚い物を見つけたような嫌な目で僕を見ながら、吐き捨てるように言ったね。
「3年前からなんてマジ有り得ないんだけど。ていうか、その時からストーカーしてたの? 嫌! キモい! マジ無理!」
 そういって君は僕に背を向け歩き出そうとする。慌てて掴んだ腕を振りほどきながら、振り向きざまにこういったね。
「何?! 離してよ! あんたみたいなの死んじゃえ!」
 ……頭が真っ白になって……どうやって帰ったか思い出せない。気が付いたら自分の部屋のベッドに腰掛て泣いていた。この眼鏡、まだ付き合ってもいない君に僕の青春をささげて手に入れたたった一つのもの。これを見るたびに君を思い出すかもしれない。君のあの時の表情を……。僕は持っていた眼鏡をゴミ箱に捨てた。これは、もう僕には必要の無い物だから。そして、君を忘れるために決心した。「明日、コンタクトを買いに行こう」と。

《了》


前項

作者/柊 真平