でんたんらめ




 俺は目がいい。
 そりゃあもう視力検査じゃ一番下の文字まで見える。っていうかあんなものじゃ俺の力を測れるとは思えない。
 他の国じゃ俺ら基準で言う2.0を通り越して4.0とか8.0がいるらしいし。たぶん俺もそういうタイプなんだ。まぁ多少は違うだろうけどね。
 だからといって珍しいと騒がられるわけではない。珍しいには珍しいが、まぁそういうこともあるだろう、という程度が、世間の俺に対する認識だ。宝くじを買って下から3番目が当たるくらいの珍しさとでも言っておこうか。あぁ、なんて微妙なんだろう。
 それはそれでいいじゃん? と思われるかもしれない。実際そうなんだけど。
 ガッコの黒板は後ろの席でもちゃんと見れるし、大声じゃ言えないが隣にいる友達のテスト用紙の字もラクラク読める。まぁ見せてくれたらの話だが。
 けどね、世の中得するだけってのは難しいわけで。それなりにリスクもあるわけだ。
 まぁリスクがあるからって落ち込んでてもしょうがない。変えられないものは変えられないのだ。これまで為すがままで生きてきたのだからこれからもそうするだけ。頑張りたくないけど頑張るしかないってことさ。

 もう一度しっかり言っておこう。俺は眼がいい。




「はよーっす」
 学生特有の気だるさを纏いながら……っていうか律儀に朝の挨拶をするってのは実はすごいことじゃなかろうか。とにかくどんな状態にせよ、俺に向かってコージは挨拶してきた。
「おぅ。今日も無駄にダルそうだな」
「テツよかマシだ。おはよう、には、お早うございまする、で答えるのが基本だろう」
『ホントホーント。哲郎は人間できてない。幸治に比べたらゴミだね』
「誰がゴミだ! お前なんか質量すらないクセに! コージもさりげに俺の主君みたいな関係を作るのやめろよなぁ」
「あっはっは。いやぁユキは朝から頑張るなぁ。やっぱこれがあるから面白いんだなぁ」
 俺の背中や頭をペシペシ叩いてから勝手に離れていくコージ。その拍子にそれなりにぴっちりしておいた服や髪の毛のセットが崩れる。もちろん髪の毛が乱れるくらいなので、耳に掛かっている眼鏡もズレる。
「とりあえず頭に触るのやめろって。眼鏡壊れたらヤバいんだからマジ頼むって」
「うむ。前向きに見当しよう」
『幸治は変わる気がないから注意しても無駄』
 ユキがコージの言葉に反応して言う。まぁコージのセリフは嘘を吐く大人の常套手段だからね。やる気がないってのはひしひしと伝わってくるわけで。どっちにしろコージって人格だけで諦めかけてはいるんだけどね。

 朝の会……高校だとホームルームってのに当てはまる時間になる。ホームルームって響きのが絶対良いのになんで朝の会なんだろう、とよく思う。朝の会は小学校まで。中学は朝の会ではなくホームルームという名前にしてもらいたい。そしたら恥ずかしい思いをせずに「ホームルーム始まるぜ!」と笑顔で振り撒いてやるのに。
 はい、嘘です。冗談です。中学生になってちょっぴり大人な雰囲気を出したかっただけです。そんなメンドいことはやるわけがない。どうせ名前が変わってもやるこたぁ一緒。座ってボォ〜っと黒板の上のほうを眺めてるだけだ。実際今もそうしてる。
『ねぇ哲郎。あの花の子が私を呼んでる。後で連れてってね』
 とかなんとか思っているうちに、俺の呆けタイムが終了した。終わらせたのは言うまでもなくユキ。


 ユキはちっこい。
 それはもう脳天に肘を常に乗せていられるくらいちっこい。ちなみに俺の身長が164cmだからどれくらいちっこいかってのがわかるはず。
 そんでもって赤い着物っつぅシュールな服装を着こなす。ユキ曰く、別に洋服だって着ることできるんだから、と言ってはいるが実際今まで見たことがない。なにやらそれが落ち着くらしいのだが、男の俺としては着物を着る機会がそうそうないだろうからその気持ちを共有するこたぁできんだろう。
 しかもその気になれば空を飛ぶ。基本的にはトコトコ歩いているんだが、重みもなく俺の背に乗ることもあるし、頭の上に乗る事だってある。さっきみたいに花の精霊っぽいヤツの言葉を感知して俺に話しかけさせようとしたり、他にも犬やらなんやらとも会話させようとする危ないヤツだ。正確に言うと、俺を『危ない人間』というレッテルを貼らそうとしているヤツだ。ユキや、俺がやらされることを理解できない人間もいるんだから、それこそユキには理解してもらいたいもんだ。逆に理解しているから敢えてそうしている変なヤツなのかもしれないが。
 だが実際にはユキは変なヤツではない。むしろ変なことでもおかしなことでもない。俺にやらせようとしていることは変なことなのだが、ユキ自体はごく当たり前のこと、普通なことなのだ。常識って言えば楽に且つ簡単に伝わりやすいかな。

 そうなのだ。もう今の世は幽霊なんているのは当たり前ってコトになっちまっている。

 どれくらい前かは知らないが、なにやら第六感というのが存在していたらしい。それを使って占いやら祈祷師、呪い師って商売がやっていけたわけなんだが、これまたどれくらい前かは知らないが、第六感というモノを人間様は解明してしまったようだ。第六感ってのはなにやら視覚、聴覚、触覚の異常発達によるモノだという発表が、なんとかの組織によって正式になされたとか。当然さっき挙げたような商売は色々言われたわけだ。てきとーな事を言い、ごまかしながら生計を立てていた連中はえらい被害にあっただろうな。

 まぁそんなことはおいといて。
 簡単に言うなら俺は視覚が異常発達した人間だ。あと微妙に聴覚も発達している。ただコージほど聴覚は発達していないから、補聴器はつけていない。俺がお世話になっているのは眼鏡だけだ。
 そもそもなぜ異常発達っていう良い事なのか悪い事なのかわかりにくい言葉ができたのか。話しによると、DNAをちょろちょろいじってたらなんかそんなんができたらしい。視力が悪くならない、耳が聞こえなくならない、味覚、嗅覚障害に陥らない、というような利点があったからそれで研究が終了したわけなんだが、今度は良すぎて困るという状況になったわけだ。
 実体験では、とりあえず幽霊やら精霊やらの他の友達は視れないものを視ることが出来るってのが挙げられる。それに対してその声すらも聞ける俺はそこそこ珍しいのだろう。コージみたいに、聴覚だけ異常発達している、という一つに特化しているというのが普通らしいのだ。まぁ発達している時点で異常なのだが。

 テンテケテーン。
 そこで登場。俺の眼鏡様。

 昔は視力が悪い人が身に付けるモノだったらしいが、今では俺みたいな眼がいい人がお世話になっている。この眼鏡は、簡単に言うと視力を悪くするモノなんだが、不思議なことに疲れたり目が痛くなったり等の副作用がない。この秘密はその名の通り秘密らしいからわからんのだが、正直俺はどうでもいい。それなりに俺にとって有益に働いているってのが実感できるからそれでいいのだ。ちなみに補聴器も同じ感じで、普通では聞こえないような音を遮断するタイプのものらしい。

 でも。それでも俺は負けなかった。

 何に負けなかったかというと眼鏡に対してだ。眼の機能を悪くするための眼鏡なのに完全には機能できていない。それほど俺のは強烈かつ強力なのだ。
 まぁ気付いている人は気付いているだろう。ユキは幽霊。俺は眼鏡を随時掛けてる。でもユキが見えている。要するに効果が出てないということだ。
 そうは言っても無くては困るこの眼鏡。ユキが見えるのは、条件としてユキが俺に見られたがっている、もしくは俺がそこに居ることを認識している、というのがあるらしい。こんなところも曖昧なのはしょうがない。わからないものはわからないのだ。
 さっきユキが花に呼ばれたと言ってたが、俺は見えもしなけりゃ聞こえもしなかった。ただ花の前に行けば、そこの精霊か地縛霊か浮遊霊が見えて、話すことが可能になるわけ。向こうも俺が話しの出来る人間だとは思っていないから、最初のうちは俺には見えないのだろう。ただ一度話をすると、今後はくっきりはっきり見えてしまう。そうなると厄介だ。ユキみたいに懐かれると堪ったモンではない。
 離れる時は今までの経験上、幽霊の場合は成仏ってヤツなのかな? 目の前で消えるまではかなり付きまとってくる。まぁ未練があるから幽霊になって残っているわけだから、それのために必死になるのは当然だろう。なんだかんだ言って俺はそいつらの手助けをしょうがなくやっているだけだ。ユキが連れてくるときだけだが。

 まぁ呆けるのもこれくらいにしようか。なにやら知らない誰かに身の上を話したような感じで心身共に微妙な気分だが、とりあえず今はユキに話しかけられたのだから返事をしておくのは礼儀だろう。
「やだ。メンドい」



 いつも見る空。
 碧空とでも言った方がいいのか? なんとも言えない色なわけで。
 それは今の地球の状態からなのか。それとも俺の眼が認識しているだけなのか。
 ただどれだけどのように空が見えていたとしても。
 空がどれだけどのように俺を見ていたとしても。
 変わらないことはある。 良いこともあれば悪いこともある。
 そしてそれらは数え切れないほどたくさんある。
 それが俺という人間を形作っているし、形そのものだろう。
 だから俺は容認する。
 俺はさっき断ったはずなのに、なぜかユキが呼ばれた花の下へと向かっていることを。
 そう。俺はやさしいのだ。断じて流されやすいタイプとかではない。そこは断言させてもらおう。

 場所はなんてことのない学校内にある木の近く。
 そこにはなんてことのない普通の花がぽつんとあった。
『待たせたな。先程はなんの用件だったのだ?』
 普通の花に普通に話しかけるユキ。それを普通だと認識してしまう俺。なんともいえない環境に俺は身を置いているなぁ。
『ほぅ。珍しいな。心中が変わったのか?』
 はたしてどのような会話がユキとこの花のヤツとでなされているのだろう。聞こえない俺には見当もつかない。そりゃそうだわな。視たら話の内容までわかるような人間だったら俺は既に世界を牛耳っているだろう。もちろん悪さをしてだ。まぁできないからこれは虚言もしくは妄想となるだけだが。
 ちなみにユキは元々こんな感じのしゃべりなのだ。なにやら平安時代ってときからプラプラしているらしく、結構な大御所らしい。一度幽霊から精霊への昇格チャンスもあったほどだ、と威張っていたから凄いんだろう。そいでだな、俺と話をするときは時代に合わせた喋り方をわざわざ俺のためにしてくれてるとか。まぁどうでもいいけどね。
 そんでもって花のほうは俺が認識していないからだろうか、全然わからない。わからないとは視えないということだ。もちろん聞こえもしない。眼鏡を外せばくっきりはっきりと視えるのだろうが、どうせ俺の気持ちはグッチャリガッポリするんだろうから視る気にはならん。
 しかしその思いをユキは軽々しくとぶち割ってくれた。割ってしまったのではなく故意に叩きつけたといっても過言ではないだろう。
『この人が手伝ってくれるから大丈夫。しばし待っていろ』
 ユキのこの声があった後、俺はおそるおそる視界を地面から空へと移した。
 しかし時すでに遅し。視界を変えた先には、にんまり顔なユキがいた。
『じゃあ哲郎。どうせ聞いてなかっただろうから説明するね』
 そして問答無用に説明開始。ちょいと長かったから要約するとだな……

 一つ。花の位置を変えて欲しい。
 一つ。この世界を見て回りたい。
 一つ。私もあなたのように喋ることができる人が欲しい。

 そういうことだな? とユキに尋ねる。
 すると、はい、という返答は地面の方からやってきた。

 可愛らしく響く高い声。
 視る者を虜にする小さな体に小さな顔。
 蝶のような綺麗な羽を持ち、花のまわりをふわふわと浮いている姿。
 ────まさしく精霊だった。

『はじめまして わたし しょくぶつのせいをやっているのですが』
「あ、ども……」
 いきなり目の前に……といっても前からいたようなのだが、以心伝心というのだろうか。俺を認識した向こうと、返答により認識した俺とのタイミングのせいで、本当にいきなり目の前に現れた、という感じだ。それがまた心奪われる姿をしていたもんだから思わず間抜けな返事をしてしまった。格好悪いことこの上ない。
『きんだいはすこしへんかがすくなく
しょくぶつのせいとしてたんたんとながめているのにあきてしまったのです
どうかわたしにしげきをわけあたえてくださいまし』
 楽器はいいけど扱う人が悪い、というとなんだか悪いが、とにかく綺麗な声だけども脈絡の無い真っ直ぐすぎる平淡な声だった。非常に聞き取りにくい。
 まぁ花だもんな。普通しゃべる必要がないんだから話せるだけでもかなりの上位種なんだろう。ユキみたいに元々会話が出来る存在だったのなら話は別なのだが。
「え〜っと、前向きに見当します」
『見当じゃないの。実行するの。やれることからするの』
 間髪入れずにユキが俺に迫る。俺には触覚異常はないのだが、やはり見えていると圧迫感を勝手に感じてしまう。ホント人間は無駄な機能が多いなぁ。
「ふむ……とりあえず最初の花の位置はすぐ変えられるだろうけどなぁ」
 ぼそぼそいいながらまわりの土を掘る健気な俺。引っこ抜けばいいじゃないか、と囁く悪魔が俺の脳内にいたのだが、目の前の精霊さんを見ていたら全くと言っていいほど脳内悪魔には勝ち目がなく、笑顔でそいつはどうぞどうぞと勝ちを譲っていた。
 大きな木が近くにあるためか土が異様に固かった。こういう時こそミミズやらモグラやらが土を柔らかくすべくそこらじゅうにわらわら湧いていてほしいもんだ。そうしたら俺はこんな大変な思いをしなくて済んだのではないのだろうか。

 結局爪が割れるまではいかなかったが、痛みを覚える程度のところで掘り出しに成功した。
「で、精霊さんはこの花をどこに持ってってほしいわけ?」
 俺の手の中にある花に対して話しかける。それすなわち精霊さんに話しかけることと同じなのだ。
 ……あれ? ってことはもしかしてもしかするともしかすればだな、世界を回るってのと花を移すってのは同時進行できないってことなんじゃないのか? 花が在ればそこに精霊在りってことだもんな? 固定したら精霊さんは動けないんじゃないか?
『このはなをもっていろんなところにいってほしい
それがわたしにとってのせかいをまわるにひとしいから』
 あーなるほどね。花の位置を変えるってのは別に固定って意味じゃないわけだな。人類の知恵、植木鉢とかでも十分ってことを意味してるんだろう。そうすることでいろんなところを回れるっていうのも道理が通る。
 だがな、今の時代、植木鉢片手に花とお喋りしながらそこらを歩く人ってのは目立つぞ? 目立つどころかあわよくば捕まるんじゃないのか? 精霊さんには言いにくいが非常にナンセンスだ。俺なら正直絶対やりたくないね。
 けどこのままだと実に危ない。なぜなら三つ目の条件を探すのがムズいからだ。と、いうことはもしかしたら俺が第一候補となって花と一緒に警察に連行されるやもしれんってことだ。さて、どうするよ俺?

『一つ問うが、花が亡くなればお前はどうなる?』
 俺がそれなりに悩んでいると、ユキが精霊さんに向かってなんか関係なさそうなことを言っていた。
『わたしはわたしです
はながなくなればわたしはほかのなにかをさがすことになります』
 またえらく抽象的な発言。まぁ精霊っぽいと言えば精霊っぽいんだが。
 つまりはアレだ。さっき俺に、植物の精霊をやっている、とのたもうたわけだ。だから今までに植物以外の精霊をやっていたということ。精霊がなんの精霊になるのか、とかの基準は全く全然何にもさっぱりわからないが、そういうことなんだろう。
 そして今の会話の感じだと、花が亡くなる。つまり花が枯れてしまったら別の何かの精霊になるってことなんだろうな。なんだ、ユキみたいに憑いてるのと一緒じゃないか。


 人ってのは不思議なモンで、気持ち次第で視界がさっぱり変わる。夕焼けを見るときでも、幸せなときならロマンチック、悲しいときなら切ない気持ちになったりするはずだ。まぁちょっと例えが俺らしくなかったが、結局はそういうこと。
 ユキみたい、と考えちゃったせいで、精霊さんに何しても別にどうともならんだろう、と感じるようになってしまった。

「よしわかった。じゃあ花が生命を終えたらあんたは自由の身になれるってことだろ?」
 だから自然とこんな思考かつ喋り方になる。
 しかし向こうもあくまで精霊。当たり前の如く、はいそうです、と答えてきやがった。見た目が綺麗だから残酷さが一段と際立っている気がする。
 ……よく考えたらさ、今回の精霊さんの要求って言い換えるとさ、花の精霊でずっとここにいるのに飽きたからどっか連れていけよ、って感じのひどく傲慢な思いから生まれたんだよな。少し言い過ぎかもしれんが、もし現代日本女性として生きていたのなら間違いなく悪女となる素質があるね。

 そういうことで俺は花を手に持ち、とりあえずは教室へ。なんだかんだ言っても俺は学生なわけで。ずっと外にいて授業を受けてないと先生にとやかく言われるわけで。
 教室に花を持って戻ると、幸治にいつからメルヘンボーイになったんだ? とか言われたが、エンジェルスマイルで、別に、とだけ答えて席に着く。なぜ天使の笑顔を俺がしているかというと、幸治の今後の生活を考えると俺は楽しみでたまらないわけだ。まぁ理由はそのうちわかるだろう。


 本日五度目の授業終了の鐘を聞き、俺は教室を後にする。妙に間延び感いっぱいの終了合図が俺の中で気持ち悪く木霊するが、正直ユキの急かせる声と、むき出しのまま放置していた花からの苦しげな声の方が一等気に障った。せっかく五時間目まで授業に出る、という優良学生をやっていたのに、帰りの会をサボったらせっかくの箔がはがれてしまう。けどまぁ苦しい思いをさせるほうがよっぽど悪いことだろう、という中途半端な良識を持つ俺は、花を片手に、もう片手にカバンを持ち、家に帰る事にした。

 で、それなりにいろいろしてから俺は幸治の家へと向かう。
「こんにちはー」
 常識人っぽくちゃんと家のチャイムを鳴らすと同時にお決まりの言葉。
 当然玄関の扉が開く。その先にはまだ制服姿の幸治がいた。
「ったくよぉ。お前が途中で帰るから俺が残って掃除させられたじゃねぇか、あーイライラするー」
 その言葉通り、幸治はしかめっ面をしていた。
「あれ? 今日俺の担当だったっけ? 明日だったような気がするんだけど……」
「現に俺がやらされた。つべこべ言わずになんかメシでも奢れよな」
 こいつの一つの口癖『奢れよな』が早くも炸裂。こいつはもらえるものはもらっておく、という精神に貪欲で、無理にでももらうよう頑張る、という境地にまで達し始めていた。     まぁどうでもいいけど。
 とにかくよかった。本当によかった。これで作戦は成功となるだろう。
「実はさ、家で大量に天ぷらを作ってさ、さすがに食いきれないからお前のトコに持ってきたわけよ。どうよ、食わね?」
「ゴチソウニナリマス」
「これでチャラってことで契約成立か?」
「モチロンデス」
「それじゃあどうぞ」
「イタダキマス」
 ぺこり、と頭を下げつつ俺から天ぷらの乗った皿を奪い取り家に入るコージ。俺はこのまま帰るのもなんなので、お邪魔することになった。


 さて。ここらで俺が帰ってから何をしていたかを公開しようか。
 何をしたの? と言われれば一言で済む。天ぷらを作ってた。

 で、なんで中学生に入ったばかりのちょい悪をカッコいいと感じ始めるような俺が天ぷらなんかを作るかというとだな、決してコージを労おうとしたわけじゃない。これはある意味実験なのだ。
 何の実験かというとだな、もうなんていうかはわからん。答えになってないかもしれないがわからないものはわからない。だからわからないのだ。世の中すべてに答えられるようなヤツはそうそういないのだ。いたとしても俺みたいなガキンチョではないだろう。
 だがどんな天ぷらを作ったかというのはいえるぞ? さすがに俺も材料をわからずに料理するほど阿呆ではない。

 材料は3種類。
 天ぷらの基本、イモ。
 俺の大好物、キス。
 そんでもって鮮度MAXの採れたての花。

 頭がそれなりに正常な人ならもうわかるだろう。つまりはそういうことだ。
 俺が出した結論とは、花を誰かに食べさせて、その食べた人に憑かせればいいじゃないか、というものだ。これだともし食べた人に憑く事ができなくても、花の生命は終わっているのだから、とりあえず精霊さんは花の精霊ではなくなるだろう。それから自分で勝手に次のお勤め先を探してもらえばいい。
 これの一番の利点は、俺が食べなきゃ俺は憑かれないってところだ。瞬時に自分の安全を確保することのできる脳みそ様に今夜は乾杯だ!
 それで誰に食べさせるかってのはコージしか思いつかなかった。そもそも3つ目の条件が厳しすぎる。思い浮かぶのがコイツだけだったし、それ以外で考えると少し罪悪感を覚える。コージには罪悪感を覚えることはないし、すぐ適応するだろうから大丈夫なはず。



「ゴチソウサマ。まぁまぁなお味でした」
「お粗末さまでした。結構な感想をありがとう。地獄へ堕ちろ」
 なんてことのない会話を交わす。学校の女の子達には絶対に言えないようなこともコージに対しては軽々といえる。これはある意味すごいことだろう。親友……いや、心友とまでいわれるとかなり嫌な感じだが、死にたくなるほどではない、とだけ言っておこうか。ここまで本音で言えるのだからそれ以上かもしれないが。
 そんな相手に実験をする俺。別に危険はないだろうし、あったとしても俺の料理で腹を壊すくらいだろう。最悪ゴメンと謝りつつステーキ2枚でも奢ってやればチャラになるはずだ。

 そんなわけで俺は眼鏡を外してコージを視る。
 そこには見事に精霊さんが咲いていた。

 思わず拍手。それを不思議に思うコージ。
『幸治、補聴器を外してみなさいな』
 俺がヤツを驚かせるためのセリフをユキに先を越されて言われてしまい内心がっかりしたが、結果はもう変えることはできない。そんな思いを隠しながら、コージの動きをじっと見つめる。
 コージはコージでさっき以上に不思議感を醸し出していた。普通ならなんで? 等の質問をするだろう。俺だってすると思う。けどユキの言葉はなにか緩やかな強制力が働いているのだ。変には思うが、なぜかその通りに行動してしまう。俺がなんだかんだあいつの言いなりになっているのもそのせいだろうな。

『幸治。聞こえますか?』
 その声を聞きびっくりしたコージと俺。コージが驚くのは間違いないだろう。ユキ以外にもコージを名指しで呼ぶヤツに出くわしたのだから。
 じゃあなぜ俺が驚いたのか。それは話し方だ。
 くそっ、甘かった。元々すごく綺麗な花の精霊さんだったんだ。あの時は花の精霊だったから話し方が悪かっただけで、憑く対象先が変化したら精霊も変化する、ってような感じのことを全く考えてなかった。姿はそのまま……といってもそれなりに大きくなり、話し方が流暢な美人精霊なら俺は憑かれても良かった。できれば今俺に憑いてるのと交換してほしい。

「……こりゃ一体どういうこった? ユキ以外にも声が聞こえるぞ?」
 俺の驚きとは内容が違うコージは俺に質問をしてきた。けれど答えたのはユキで、長々と今日の出来事を話始めた。





「今日はいろいろありがとな。今度なんか奢ってやるよ」
 帰宅しようとした俺に対してコージが言った言葉を聞いて、俺は悔しさと同時に嬉しさを覚えた。あの後、精霊さんの姿について詳しく教えたり、常に誰かと居るっていう厳しさを教えてやったりした。どちらかというとマイナス部分を多く語ったはずなのだが、あいつは美人精霊に憑かれたという事実に夢気分なようだった。俺に『奢る』という言葉を使ったくらいだ。相当喜んでいるのだろう。
 たしかに惜しいことをしたと思う。けれどコージがあそこまで喜んでるんだ。俺も何かを奢ってもらえるみたいだし万事円満解決ということにでもしてやろう。

『哲郎もあの子みたいな美人に憑かれたかった?』
 こ、こいつ。心まで読めるのか?
「いや、忘れてたが美人でも性格悪女っぽかったからな。憑かれなくて良かったよ」
『じゃあ私はあの子よりもいい子ってわけだね』
「それはどうかと思うが……」
『そういえばあの子の名前ないね。これから付き合いありそうだし決めておかないと不便じゃない?』
「確かにそうだな。ユキが先輩らしく名前を授けてやったりでもしてやったらどうだ?」
『うーん……花の精霊だったしウィルソンとか?』
「繋がりがわからん。っていうかそもそも男の名前じゃないのか?」
「そう? じゃあ花子とか?」
「安直すぎ。さすがに可哀想だろが。コージが一人の時に花子さんって言葉を出してるトコを想像してみ? 他の花子さんみたいでなんか怖いっしょ」
『じゃあ文鎮』
「……はぁ、お前の思考回路は一生わかんねぇ」

 時刻は太陽が沈み始めるとき。
 俺たちの会話はそこで終わった。

 家への帰り道。俺一人の帰り道。
 けれど帰るは一人じゃなくて。
 一人だけども一人じゃなくて。
 だけど居るのは俺一人で。
 ユキが視えない状況で喋ってないとなると、妙にそわそわとなる。

 ユキが言葉を発さない状況。
 それはただ名前を考えているだけなのか。
 それとも俺の言葉にもしかしたらほんのちょっとだけでも傷付いたのか。
 それは俺にはわからない。わかるはずがない。

「とりあえず一生待っとけ。そしたらわかるかもしれないから」

 ユキの考えはわからない。
 けどこういう言い方をされて嫌な気分になるようなヤツではない。

『……じゃあ一緒に名前でも考えよっか』

 結局。
 ただ考えていただけなのか傷付いていたのかどうかはわからない。
 これからもずっとわかることはないだろう。
 これ以上にわからないこともたくさん出てくるだろうし、ホントわからないことだらけだな。


 けど一つだけわかることはある。
 コージたちや俺たちは、なんだかんだ言って楽しく幸せに暮らすんだろう。
 それこそ一生が終わるまでな。


 いや、もしかしたら終わった後も────

《了》


前項

作者/エムダヴォ