クイズ大会IN大阪 (「麻布が丘高校物語」より)




東京23区の中で最も【セレブな街】と言うイメージがある麻布。その麻布にある私立麻布が丘高校。土地柄、都内で一番の金持ち高校であり、東京はおろか、関東一円から金持ちの子息やお嬢さまが通う名門学園だ。
無論、生徒の大多数が屈指の美男美女揃いで、高級ブランド服に身につけて毎日登校し、勉学に励んで……いる人は少数だ。たいていは大家の財力に物を言わせて入学したお坊ちゃまお嬢様なので、勉強をする事自体避けているのが実情だ。そういう彼らに限って、若いうちにしか出来ない快楽な遊びに関心を示すのは当然の事だ。

2月のある日、2年生の女子生徒が、妊娠したのではないかという噂が広まった。
近年、若者における性の早熟化が話題に挙がることがある。もしこの話が本当なら、この高校はかなり進んでいる事になる。
学食でもこの噂話はもちきりだ。
「僕がいた高校ではそんな事は全く無かったのだが……」
半年前に北海道の高校から編入して来た岡村悟はつぶやいた。
「仕方ない。うちの高校は都内の高校でも早熟な人が多いからな」
と彼の親友である伊勢幸親が答えた。
悟達のグループの中でも、既に初体験を済ませている人が複数いる。その中の一人で、学校一の美貌を持ち、一時期は男を手玉にとっていた経歴のある千代田綾華は、
「そーだよ、あたしもそうだけど、高校一年で初体験をした子が結構いるみたいだよ」
とさも自慢話をしているかのようだ。
その「相手」であった生徒、安達佳宏が話に割り込んできた。
「ああ、あの時のアヤちゃんときたら、もうそれはそれは大胆で、それでいてオレに優しく愛してくれた……」
と、まるで火がついたように饒舌になって当時の様子を克明に説明する佳宏。
その話を羨ましながら(いつか僕だって……)と思う悟だった。

そんな噂が消えかかった2月中旬、学校の掲示板に大きなポスターが張り出された。
〔朝日放送・パネルクイズ高校生大会 予選会開催決定 只今出場者募集〕
クイズ番組の予選会が来週体育館で行い、優勝チームはテレビ番組に、学校を代表して出場できると言う。
テレビに出られるという事で、生徒の関心が一気に集まった。
放課後になると張り紙の前に、早速人だかりが出来ている。生徒が口々に、
「面白そうじゃないか、参加してみるか」
「悪い事以外でテレビに出られるのはめったにないからな」
「あたしはバカだから参加してもダメかな」
早々と参加した際の憶測と、ささやかな夢が飛びかっている。
この張り紙を見て、悟は、
(クイズ番組か……彼女を誘ってみるか)
悟は部室に向かった。
部員が悟を入れてたった2人だけの新聞部。新聞部部長であり、悟のグループのメンバーの一人である金井桜子に、クイズ大会の話をした。
彼女は麻布が丘高校一の秀才で、全校生徒の中で唯一眼鏡をかけている女子生徒だ。
桜子は、眼鏡のフレームを手にしながら、
「この学校も味のある企画をするようになったのですね。優勝チームはテレビ番組出場と言う事もなかなか興味深いですね」
そう言いながら2人で予選会に参加する事を了承した。
桜子は悟の両肩に手を乗せると、
「一緒に優勝目指そうね」
「そうだね」
と言葉を交わした。

翌週、体育館には50人くらいの生徒が集まった。
学校と言う性質上、こういう楽しいイベントでも校長のコメントが恒例になっていて、
「大阪のテレビ局・朝日放送が製作する、現在唯一の視聴者参加型クイズ番組〔パネルクイズ〕の名物大会の一つである高校生大会の収録が行われ、それに合わせての予選会です。現在3校の出場が決まり、残る一校が本校であります……」
相変わらず校長の話は長い。
長話の末、予選会が始まった。
2人グループで25組が一斉に問いに答える早押し問題が20問出題され、上位4チームが決勝に参加できるとの事。
肝心の問題だが、実際のクイズ番組で採用されたものとオリジナルを混ぜたもので、さすがにレベルが高い。
「第1問 日本初の女医である荻野吟子氏は、現在の何県何市出身か?」
参加者が皆問題に苦しんでいる中、桜子の眼鏡が光る。
「埼玉県熊谷市です」
「お見事、正解です!」
やはり秀才だけあって、多岐にわたるジャンルに博識がある。
しかし彼女にも苦手分野があり、
「第17問 大リーグ・マリナーズのイチロー選手の出身校は?」
芸能やスポーツ問題に関しては、桜子の眼鏡は光らず、予選に参加していた同じグループの佳宏が、
「愛工大名電高校!」
といともたやすく回答した。
しかし佳宏チームの反撃及ばず、ぶっちぎりの成績で悟&桜子チームがトップで決勝進出した。
4チーム残った決勝では、番組と同じような形式で行った。悟の脳裏には久しぶりに【楽勝丸】が漂い、ここでも2人の息はぴったり合い、難なく優勝した。
勉学をあまり励んでいない参加者の中での予選会だったのでこの結果は多くの人が予想していた。しかしこればかりは立ち打ち出来ないのが分かっているので、皆拍手で祝福したのであった。
校長は2人に【優勝】と書かれた目録を渡した。2人は喜びの余り参加者の前で思わず抱きついた。誰かの指笛が聞こえ、それにあわせて拍手が体育館内に広がった。
閉会後、二人は応接室に招かれた。校長から、
「本校の日程の都合で、予選会の日程が大幅に遅れてしまい、誠に済まない。テレビ収録があさってに迫っている。明日の放課後、新幹線で大阪に向かって欲しい。往復の切符はテレビ局から支給されているので渡しておく。そしてこれが学校からの餞別だ」
悟が校長から受け取った封筒を開けると、ホテルの宿泊券と旅費と地図が入っていた。
最後に校長が、
「これは遊びではなく、課外授業と言う事を肝に銘じて、気を付けていくように」
と話すと2人は礼をして、応接室を後にした。
「明日の放課後、夕方5時に、目黒駅でね」
2人はこう約束して家路に向かった。
夕飯時に、家族の前で悟は、
「新聞部の取材で、明日から2.3日大阪に出かけるから」と伝えた。
良心は、学校の事なら仕方ない、といった表情であったが納得したみたいだ。
尤もこれにはきちんと考えがある。正直に〔クイズ番組の予選で優勝し、収録の為大阪に出かける〕と言っても良かった。けど母親が毎週見ている番組に、突然自分の息子が出場していたら、さぞかし驚くだろう、と言う計画だ。

放課後、駅で2人は合流した。桜子はいつもながらの厚いレンズの眼鏡をかけている。名門のお嬢様学校に通っているのだから、もう少し男にもているようにコンタクトでもすればいいのでは、と内心は思っている。けど眼鏡が彼女の一つのアクセントになっているのも間違いないし、他の男が彼女に関心をそれほど寄せていないのも事実だ。
普段どおり桜子は、
「おはよう」
と至って普通の挨拶を交わした。そして電車に乗りこんだ。
学校の外であっても、相変わらず桜子は真面目で、
「せっかくテレビに出られるのだから、テレビ業界の裏を偵察して、記事にしましょう。それと初めて大阪に行くのだから、テレビやインターネットでは収集しにくい生の大阪経済と文化についても取材できますね」
といつもどおり部長の振る舞い。まあ人の目もある事だから、悟もとりあえずは話題を合わせた。
新幹線の車内では、大阪到着が夜になるというと事なので、夕飯の駅弁を食べたり、大阪についてのパンフレットを見たりして過ごした。
新大阪駅に到着して、すぐに学校で用意してくれたホテルに向かった。
大阪・キタの繁華街から少し東に外れた商店街の一角にそのホテルがあった。
2人はホテル内に入った。しかし最後に予期せぬ事態が待ち構えていた。
ホテル側の手違いで、ダブルベッドの部屋になってしまったのだ。
別に寝られるなら構わないのだが、同じベッドで一夜を共にすると言うのは……、嬉しいというのか……。
2人は赤面し困惑したが、すでに予約で一杯であり変更が出来ないとの事。
(これも神のお導きでしょう)と思い、既に色々な思いを抱き始めた。
部屋に入り、初めての新幹線旅と言う事で、まずは汗を流しましょうという事になった。
2人の間にはまだキスくらいしかないので、いきなり風呂に一緒に入るのはお互い抵抗があるのは目に見えている。レディファーストとして、桜子に先に風呂に入れさせた。
悟が風呂から出た時、桜子は既に浴衣に着替えていた。眼鏡は外してあった。
その時初めて桜子の素顔を見た。
「眼鏡を取ると可愛い顔をしているんだな」
と悟は褒めた。
「ありがとう。そう言ってくれるの岡村君だけです」
そう言われると何となく照れてしまう。
「私は入学時から色々な生徒を見てきたけど、皆私の事を、罵ったり卑下したりしていました。確かに皆さん私より数倍も綺麗な方やカッコいい人ですもの。負けて当然です。だから学校ではずっと地味な優等生を演じていました。けど、岡村君が編入した時、今までの生徒とはタイプが違うな、と思い、あなただけには素顔でいても卑下してくれないと確信していました。私の思った通りで本当に嬉しいです」
その言葉を鵜呑みにすると、(そうか、彼女は〔この時〕の為に素顔を秘密にしていたのか?!)と悟は思った。
「明日はいよいよ収録ですね。早いけど寝ましょう」
と桜子はつぶやいた。
一人ベッドに座る悟、何だか、ここで何もしないと、時間が無駄に流れてしまうようでちょっとだけ悔しく感じたので、自分も横になった。けどダブルベッドなので、自分の隣に女性が寝ている。しかも同じグループの仲間、だけどまだ経験していない……。
彼の脳裏では天使と悪魔が葛藤をしている。男ならばこういう場面では多かれ少なかれ理性と欲望の板ばさみに苛まれる。だが、年頃と言う事で、(ちょっとだけなら……)と思うと脳裏にいた天使は既に消滅していた。
(このチャンスを逃したら絶対に後悔する)との悪魔のささやきに応じ、今まで我慢していた手が隣で寝ている桜子の身体を触った。しかし全く抵抗していない。
それもそのはずで、桜子は悟が編入して以来ずっと好きだったのだ。彼女も大阪旅行と言うビッグチャンスを決して無駄にしていなく、〔この時〕の準備を怠っていなかった。
「いいのよ。2人で夜を楽しみましょう」
と、眼鏡を外している桜子は悟の手を招き入れた。
浴衣を脱ぎ、悟は桜子の胸を触った。同じグループでグラマーな彩華には、大きさでは劣るが、それなりに美しく整っている。
その後2人の心は一気に燃え上がり、愛し合った。お互い初めて同士であるがしっかりとした体験を済ませた。

翌朝、2人は充実した思いで、目を覚ました。悟と桜子は、真に心と身体が一体となり、改めてチームとしてのクイズ番組参加への闘志が高まった。
そしてホテルで朝食を済ませ、何事もなかったかのようにテレビ局に向かった。

テレビ局・朝日放送のスタジオ。「パネルクイズ高校生大会」の会場に入り、簡単な説明を受けると番組収録が始まった。
「皆さんこんにちは。パネルクイズ司会の駒田潔です。今回は高校生大会と言う事で、全国各地から有名校を集めました……」
初老の男性司会者による出場高校紹介が始まった。良くみると、出場している高校は皆有名大学の付属高校ばかりではないか!きっとテレビ局側は、麻布が丘高校を番組を面白くする色物扱いとして出場させたのであろうかとも思った。しかしこう言う場面こそ腕の見せ所と思い、2人は覇気を挙げた。
他のチームとのレベルの違いに戸惑いながらも、悟の雑学知識と桜子の眼鏡効果?によって、何とか2位に食い込む事が出来、一応麻布が丘高校の面子は保てた。
番組収録後、番組スポンサーから奨学金5万円と副賞を受け取り、満面の笑顔でテレビ局を後にした。時間はまだ午前中だ。
「東京には夕方までに帰ればいいのだから、時間まで大阪で遊んでいくか?」
「そうですね。せっかく学校から頂いた餞別金がありますから」
「大阪名物のたこ焼きでも食べながら、漫才でも観る、というのは?」
「大阪の食文化体験と上方演芸鑑賞会ですね」
「あ……学校ではないからもう少し軽い気持ちでいいんだから……」
「そうですね。岡村君の柔軟さはすこし勉強した方がいいですね」
「【夕べ】はココは固かったぞ」
「……そうでしたね。……って、昼間から、しかも街中でいきなりこんな話するなんて、岡村君ったら……」
「ゴメン……気を取り直して早速たこ焼きを食べに行こう」
「そうしましょう。きっとたこ焼きもお好み焼きも東京のよりもさぞかしおいしいのでしょうね……」
こうして2人はキタの繁華街へ向かった。

東京へ戻り、翌日校長室に報告した。
既に学校には連絡が行っていたのか、校長先生はすぐさま激励してくれた。しかし副賞としてもらったカーペットは校長に無理やり取られ、校長室の床敷きに使われてしまった。
そして一週間後の日曜。
悟と桜子が出場したクイズ番組のテレビ放送が行われた。しかし放送時間が昼間と言う中途半端な時間帯なので、生徒はほとんど見てなく、結局学校内でもほとんど話題すら上がらなかった。しかし先生や親たちは見てくれたので、高年齢者層の方々には人気を博したのはご愛嬌と言う事で。
けど、それ以上にの大きな収穫として、悟と桜子との仲が【初体験】によって更に深まったのは言うまでもない。

《了》


前項
作者 / K.S

麻布が丘高校物語
取材協力:朝日放送