狭まる視界




 眼鏡がないとだめだと言われた。
 その言葉を聞いたときは、本当に青天の霹靂という言葉通りに唖然として、次いではなんでなんと思った。
 簡単な話、私の目は、そこまで悪くなっていたわけだ。

「そりゃあ、お前、毎日、ゲームばっかりしてるからだろう」
 シュウちゃんにそんな風に呆れられた。
 私としては、自分の目がそこまで悪くなっているとは思わなくて落ち込んでいるというのにシュウちゃんはそんな私の隣でコンビニで買ったアイスなんて嘗めてる。ひどい。私のことをちょっとは慰めようと思わないわけ?
 私が睨むとシュウちゃんはふんっと鼻で笑う。
「お前の場合は、自業自得」
「ゲームばっかりしてるのが?」
「そうそう、夜でも電気つけずにゲームするし」
「うっ」
 そりゃあ、目に悪いなぁとは思ってるし、わかってるし、親にだって注意されたし、シュウちゃんにも怒られたけども、ついつい夢中になると電気つけるのとか忘れちゃうんだよなぁ。
 頭をぽりぽりとかいているとシュウちゃんは肩を竦めた。
「はやく眼鏡買わないとなぁ」
「うん」
「じゃあ、さっさと行くか」
「今から?」
 私、びっくりして聞き返す。
 そんなぁ、今から行くの?
「だって、お前、夏休み中に車の免許とるんだろう」
 そう、なのだ。
 私が眼鏡が必要だと宣言されてしまったのは、車の教習所の受付。そこで簡単な視力検査をされて、私は眼鏡必要と判断されてしまったのだ。眼鏡がない以上、車の免許をとることは絶対に出来ない。
 渋る私をシュウちゃんは教習所の駐車場に停めてある車に乗せてくれて、眼鏡屋へと急ぐ。
「絶対つけないとだめなのかなぁ」
「だめだめ。車、運転するんだろう」
「うん」
「そんなに眼鏡かけたくないのか?」
 私が落ち込んでいるとシュウちゃんが尋ねてくる。口にはアイスを銜えたまま。そういう運転、よくないんだぞ。きっと。
「だって、ダサいじゃん」
「可愛い眼鏡かければいいだろう」
 そんなのあるわけ?
 私としてはすっごく疑問なんですけども、そこらへん。

 眼鏡屋は、なんとなく入りづらい。
 お上品って雰囲気が出てるせいかもしれない。高級とか、シンプルとか、女性ぽいというか、かっこいいというか、知的というか。
 それって、私にはゼンゼン似会う気がしない。
 一応、親に相談しないと、なんて私が言うとシュウちゃんは、もう車の教習のお金を払ったんだから、どっちみち眼鏡は買うことになるし。俺が買ってやる。なんて太っ腹なことを言った。
「お前の二十歳のお祝いな」
「じじいくさい台詞」
「お前よりはじじいですから」
 シュウちゃんは肩を竦めて笑う。
 私の従姉妹のシュウちゃんは、家から三十分くらいのマンションに一人暮らし。仕事はなんかプログラマーとかしているらしい。らしいというのは、私は良く知らないから。男の一人暮らしらしく、ファションとか気にしない。プログラマーっていうのは、そういうのあんまり気にしないのかな? 私が知る限り、きっちりとしたことは一度もない。ぼさぼさの頭に顎鬚と眼鏡。黒縁の眼鏡で、すごくかっこ悪くない。――シュウちゃんは、着こなし上手。
 ソレに対して私なんて、焼けに焼けた肌と――水泳部なんだもん! 染めた茶髪か金髪かわからない長い髪。ジーンズは太もも。シャツは赤色のかなりラフスタイル。いかにも遊んでますっていうかんじ。
 いいんだもん、いかにも遊んでます、馬鹿娘が私なんだし。

 私とシュウちゃんって、傍から見たらエンコーカップルかも。

 シュウちゃんは慣れたみたいに眼鏡屋にはいって、カウンターに行くと、受付のお姉さんに声をかける。相手もシュウちゃんも知ってるみたい。
「この子に眼鏡をお願い」
「はい」
 きれいにお姉さんがにこりと笑うのに、私としてはなんだか場違いなところにきてしまった気分。
 ここでも視力検査をして、――それは、なんかスーツを着たおじさんがしてくれた。それで
「これは、眼鏡かけないといけませんね」
「えっ」
「日常生活でも眼鏡をかけないといけませんよ」
 そんなぁ。
 車に乗る以外でもかけろと!
「アー、そこまで悪いですか」
 頭をかきながらシュウちゃんが言う。
「ええ。ちょっと悪いですね」
「すいませんが、とりあえず、眼鏡……女の子向けのシンプルで、かわいいの、お願いします」
「はい」
 シュウちゃんが店員のおじさんにお願いするのに、私としては二重でショック。
 そこまで悪かったんだ。
 私の目って。
「毎日ゲームしすぎ」
「うー」
 反論も出来ない。
「これからずっとかけるものだし、かわいいもん、選べよ」
「ううん。車以外はつけない」
 私の断固とした言い方にシュウちゃんが眉を顰める。
「なんで」
「なんでも」
 理由なんてないよ。ただ、つけたくないだけ。なんとなく。
 お姉さんが出してくれた眼鏡は、みんなどれもきれい。誰の手もついていないような透明なレンズにピンクとか淡いグリーンとかの縁。みんな、かわいいけど、私に似合うものじゃないことぐらいわかってる。
 どうぞ、つけてみてください。鏡もありますから
 そんな風に優しくされても。
 私は眼鏡なんて必要以上じゃあつけないもの。たとえ黒板が見るのが不便でも、私の世界はちゃんと明白な色を持ってる。勉強できないのは問題だけども、私は私目の前のものは見えるし、それを狭めたくない。女の子らしい意地。
「まったく、お前なぁ」
「いいの、見えるんだし」
 私はピンク色の眼鏡をとる。
 かけてみる。
「これでいいや」
「それでいいの? もっと悩んでも」
「いいの」
 私はじろりとシュウちゃんを睨みつける。
 あ、とっても明白に見える。自分の目で見るよりも、もっとちゃんと、はっきりとシュウちゃんが見える。
 悔しいから、眼鏡をさっさと外して、これでいいです、と言い返す。

 視界が狭まるのはいや。
 自分の目でみるよりも、もっとはっきりとシュウちゃんが見えるなんて、悔しい。
 帰ったら、ブルーベリーでも食べよう。

《了》


前項
作者 / カホリ