ゴポゴポと見るからに毒々しい緑色の液体が大釜の中で沸騰し、飛び跳ねている。
 それを、木でできた大き目のヘラでゆっくりとかき混ぜながら、黒魔術師――リンはイヒヒ、と不吉な笑いを漏らした。不健康そうにこけた頬と血走った目が不気味な雰囲気を嫌でも盛り上げる。まさにリンの姿は理想的な悪の魔法使いそのものであった。
 ――で、できた!
 リンは漆黒の瞳を輝かせた。興奮のためか呟いた声もいくぶんか掠れている。そしていそいそとその液体を器に盛り、リンはそれを口に運んだ。そして終には、耐え切れずといった風に口を手で塞ぎ込む。
「うっ……」
 目を見開き、体をぶるぶると震わせる。そして、手を真上に突き上げてリンは叫んだ。
「……美味い!」

 どうやら、見た目は悪いがただの料理だったらしい。

「あのさぁ、その鍋で料理するのやめたほうがいいと思うけど」
 止まり木の上に乗っていた烏が欠伸をしながら呆れたように言った。名前はホン。リンの使い魔である。
 緑色のスープをかきこみながらもリンは「はっへ」と言葉を発したが、使い魔の嫌そうな表情を見て、口の中のものを急いで飲み込む。ホンは使い魔の癖して行儀には厳しいのだ。
「だって少ない量を作るのめんどくさいじゃない。折角おっきな鍋があるんだから作りおきするべきでしょ?」
「だからって、薬草調合用の鍋使わなくても……」
「? 前使った薬草との味のブレンドが絶妙だよ?」
 美味しいよ? 首を傾げる主にホンはため息を付いた。
 自分の主は一度研究に没頭するとよく食事を忘れるのだから、いくら薬鍋で調理しようとも食べないよりはましだろう。とホンは取り合えずいつものように妥協しておいた。
「それよりマスター。そろそろ来る頃じゃない?」
「あーそっかぁ。来るねぇ」
 使い魔と主の会話もどこか投げやり、かつ虚ろである。そう、いつも来襲する”あの男”は大体この時間にやってくるからだ。
 パラッパパーと金管楽器の間抜けな音が響き渡った。誰が決めたのかは知らないが彼の登場にはこれがいつも欠かせないようだ。いくらあの男の地位がそれなりだという事にしても、毎度毎度付き合わされる人達の苦労もそれなりだろう――といっても忠実な彼の従者たちにしては苦にもならないのかもしれないが。

 ――王様のおな〜り〜。

 ばたん、と乱暴な音を立ててドアが開いた。何回注意しても丁寧に扱ってもらえない扉は何度蝶番の部分を取り替えても無駄なようだ。
「お元気かな?」
 無視。
 普通なら不敬罪で逮捕されているところだが、王もその反応には慣れたもので、気にした様子も無い。そして王は優雅な動作で膝を折り挨拶をした。そして椅子の一つに遠慮なく腰を下ろす。

「ほんっとに、暇なんですねぇ」

 呆れたように言ったリンに王――ダルメシアン3世はそれに胡散臭いほど朗らかに笑った。
「平和な世の中、と言うことだよ」
「だからって、毎日のように来ないで下さい」
「おや、今日は依頼を持ってきたのだがね」
「じゃあ、とっととそれよこして下さいね」
 少し寂しそうにダルメシアンが差し出した白い封筒にはしっかりと蜜蝋で王家の封印がされていた。リンはそれを受け取ると懐にしまい込む。この王様が毎日ここに顔を出すのには困ったが、一応は重要な顧客であるから存在を無碍にはできないのである。
 魔術師は本来、生活を殆どを魔術の研究に費やす。それに付随する学問、天文学、薬物学、錬金術なども学ぶ範囲に入っているから、時間なんて幾らあっても無きに等しい。しかし魔術師と言えども人間で、食べていかなければ死んでしまうから、どうせなら少ない回数で多く報酬をぶんどってやろうなどと考える。実際にリンはそう考えた。
 リンは大体の基本的な薬草の調合ならお手の物だし、黒が付くぐらいだから呪術ももちろん守備範囲だ。大体、数ある魔術師の中で黒魔術師になろうと決めたのも、使い魔が持てることと、それに師匠も止めなかったから。という簡単な理由だった。それでも最近では、世の中が平和な事も合って呪術の需要も供給も減っているのだが。

「それで、まだ他に何か用でもあるんですか?」
 言外に「帰れ」と含ませると、ダルメシアンは立ち上がって演技掛かった動作で頭を振った。
「私の愛を引き裂くのは」
「帰れ」
 リンが発した呪が一瞬にしてダルメシアンを縛る。ゆっくりと倒れた彼を従者が慣れた動作で支えた。そしてぺこりとお辞儀をひとつ残すと、従者はまるで王を丸太のように横抱きにして運んでいった。
 まるっきり昨日のパターンと一緒である。昨日は来た瞬間、呪を食らっていたから今日はもったほうか。
 これが一国の王の姿かと思うとため息が漏れそうになったが、自分の食費の確保が重要だと割り切って、リンは代わり映えしない黒いローブの懐から封筒を引っ張り出した。
「あちゃーまた面倒臭い依頼を持ってきてくれたもんだね」
 ため息を付いたリンをちらりと見てから、ホンは羽繕いをし始めた。
「早く取り掛かったほうがいいんじゃないの」
「はいはいはいっと」
「はいは一回でしょ」
「へーい」
「…………」


 黒魔術師の日常は、
 口うるさい使い魔にけしかけられたり、
 いけ好かない顧客を接待したりと。

 とても、忙しいようである。