私、ダルメシアン三世はこう見えても王様である。
 こう見えても、と言うと語弊があるが、別に変な格好をしているわけでもない。巷で噂の裸の王様、とやらでは断じてない。だが望まれるなら堂々とストリーキングぐらいやってみせようではないか。国民の希望に答えるのがいい王の条件だと我が師リュリも言っていたから。
 少し論点がずれたが、つまりは私は立派な王だという訳だ。
 この名前の由来なども話しておくと、先王である父が狩に言った時、道に迷った所を白に黒ブチのダルメシアンに助けられた。という風に伝えられているのだが。
 まさに嘘っぱちである。というかやけっぱちである。
 お涙頂戴の話に仕立て上げても無駄だ。適当さが透けて見えている。そのうえ三世と付いているが、先祖にその名前の王が居た事もないのだ。そんな父の名前はバルサミコ五世であるから、センスは遺伝するのだろうか。
 道楽を好む父上が私に王位を譲った――もとい、押し付けたのはちょうど一年前、今頃彼はどこかで蟻の巣でも観察しているに違いない。昆虫類が好きなのだ。母上もどこぞの貴族の娘らしいが、パンの耳をあげた物が大好物だというのだから、それはかとなく疑わしい。今現在はどれだけメリアス編みを長く続けられるのか記録に挑戦しておられる。
 近隣の国が同盟を結んでいる今では、戦争もはるか遠い昔の事だ。豊かな土壌からは豊かな神々の恵みである作物がなり、平和で安穏のしたこの国には政略結婚と言うものが頭に無かった。つまり后は随時募集中で、希望者はこぞって城に来て欲しい。
 唯一の条件は「空が飛べる事」であるから、一考の上、宜しく頼みたい。

 私の最近の習慣は森の奥にある家を訪れる事だ。
 家というよりは小屋と言ったほうが正しい表現なのだが、それを述べたところ、その「小屋」の主に呪いを掛けられた。しかし我が師リュリは「王と言うものは真実を偽ってはならない」と言っていたから、私は王として力に屈せず正直に表現することにしている。
 その主は「黒魔術師」と言った闇に属する輩で、なんと見た目は成人にも満たないような少女である。しかし腕は確かなようで、国内に限らず外国の要人からも依頼を受けているらしい。莫大な報酬を取っているが、それでも依頼が後を絶たないと言う事は、それがすなわち彼女の実力を示しているのだろう。

 私が訪れるのはそう言った理由だけではなくて。
 ――それというのも恥ずかしながらそこに「思い人」がいるからだ。相手は極度の照れ屋であるから、私の愛の囁きに向けられれるのは嫌悪の視線に少し似ている。しかし「困難にもめげず信念をもってやり通すのが王だ」とリュリの言葉が私を励ましているからまったくめげてはいない。
 そして今日も私は、高らかなファンファーレと共に愛する人の住処である小屋のドアを跳ね飛ばすのである。

「ご機嫌いかがかな」
「ドアは静かに開けろって何度言えば解るんですか」
 まったく、これだから王族って人種は。
 などとぶつくさ言いながらも、リン殿は羊皮紙の上に複雑な図形を描く手を動かしている。返事が返ってこない事が常であるから、今日は多少は機嫌がいいらしいと目星をつけ、私は膝を折り何時ものように挨拶をしてから古ぼけた木の椅子へと腰掛けた。リンはそれを一瞥すると、無言で作業を開始している。
 ――ルビーの様な赤い眼。やはり、君は綺麗だ。
 うっとりと見つめていると「思い人」はそれに気づいたらしく、怪訝そうに瞳を上げこちらを睨みつけた。その表情さえが愛しいのであるから、重症である。私は愛の言葉を囁くため、おもむろに立ち上がった。

「ああ、貴方は何故そんなに美しいのか」
 ――身にまとう漆黒の闇。

「どうか叶うのであれば、その柔らな体に触らせて欲しい」
 ――黒檀でできたようなクチバシ。

「愛している――ホン殿」

 私の思い人――もとい思い鳥、ホン殿は止まり木の上から、引きつった笑顔でその魅惑的なクチバシをゆっくりと開いた。
 そして言葉が発せられたと思ったときには、私の意識は真っ白な空間に塗りつぶされる。
 つまり有体に言えば気を失ったと言う事だ。
 会えていた時間はほんの五分程度だったが、それでも私は幸せな気分に満たされていた。なぜならそれは毎日の愛のコミュニケーションであると、私は固く信じているからだった。



「あのセクハラ発言どうにかならないの?」
「そうねぇ」
 王が荷物のように運ばれているのを横目に見ながらホンは嫌そうに言った。それにリンは適当に返事をしてから、羊皮紙に描かれた魔方陣の出来栄えににんまり笑った。
「マスター真剣に聞いてる?」
 適当な返事にホンはいよいよ眼を吊り上げ、イライラしたように二、三度羽ばたいた。それに漸く顔を上げてリンは「あんまり聞いてなかったわ」正直に言葉を返してから、ビーカーに注がれた赤色の液体に手を伸ばす。ごきゅごきゅと喉を鳴らしながら飲み込んでいくリンを気味が悪そうに眺めてから、ホンは一応注意をした。
「トマトジュース飲むならグラスで……って言っても無駄なんだろうね」
「ビーカーもれっきとしたグラスよ」
 屁理屈をこねたリンを軽く睨んでから、ごほん。と器用にもホンは咳をした。
「あの馬鹿どうにかできない?」
「いいじゃない、究極の玉の輿」
 馬鹿という呼称についてはまったくのスルーしてリンが返した言葉に、ホンはがっくりと肩を落とした。リンはそれを見てけらけらと笑う。どうやら小煩い使い魔をやりこめて楽しんでいるらしい。それからもちろん冗談よと付け足した。
「ホンは真面目だから、あんなふざけた人と一緒になったら一日中小言を漏らしてなきゃならないし。そうねぇ、ホンは馬鹿は嫌いって言ってたし、それが致命的じゃない?」
「それよりもっと、致命的な事があるでしょ?」
 機嫌の低下とともに声も徐々に低くなっている。その様子をみて、あれ本気でご機嫌斜めだ。とリンは暢気な感想を漏らした。ぶるぶると多少震えながらも、ホンは鳥が叫ぶような声を出しながらも怒鳴った。
「異種族だしそれになんといっても、僕は男だ!」


 ゴポゴポとフラスコの中の液体が煮える音が異様にはっきりと聞こえる。その沈黙の後に気まずそうにリンは愛想笑いを浮かべた。
「……まさか忘れてたなんていわないよね?」
「まさか!」
 リンの目線は明らかに泳いでいて、そんな主の様子に本気で主従関係にピリオドを打とうかとホンは思った。その尋常ではない機嫌の悪さに焦ったのか、リンは慌てたように取り繕った。
「でもホンは悪魔だから変化もできるでしょ?だったら種族とか性別なんて関係ないじゃない」
「それあの馬鹿の前で言ったら、呪うよ?」
 墓穴を掘ったと悟ったリンは貝のように口を閉ざし、ホンははぁと深い息をつく。確かにあの男は、身分とか種族とか性別とかの違いをすっ飛ばしている。
 といっても気にしなさすぎだろう。
 曲がりなりにも一国の王が見た目鳥類に求愛してていいのか。それもオス。
 それでも彼は「愛はどんな障害をも越えるのだ」とのたまう事は簡単に想像できた。

「だから、馬鹿は大嫌いなんだ」

 そう苦々しく呟いたホンに、リンが「鳥の丸焼き食べる?」とデリカシーの無い慰めの言葉をかけた。
 いらないよこの馬鹿。とリンがつつかれる事になったのかはわからない。