長閑な昼下がり、リンは呪文のようにある言葉を呟いていた。
 お腹がすいた。それと異様に眠い。
 薄っぺらいお腹は背中とくっついてしまいそうなぐらい質量が無い。依頼を片付けているときはまったく忘れていた動物の本能がようやくに頭をもたげたのだ。淀んだ目を擦りながらリンは、何日ぐらい寝てないのか指折ってみたが、たいして重要なことではなかったのですぐにやめた。無駄なエネルギーは使わないに限る。
 根が生えていたようになっていた椅子から腰を上げると、リンは老婆を思わせる足取りで扉を開く。見上げた空に輝くのは白銀の月で、そういえば自分の使い魔の姿が見えなかったのは散歩にも出ているからだろうと気づいた。
 まぁ、いいや、とりあえず寝よう。
 あくびをひとつ漏らして、踵を返そうとしたら、漆黒の闇を裂くようにして羽音が聞こえた。空気が圧をともなって、刹那、肩に感じる慣れた重みに、リンはその名前を呼ぶ。
「ホン、おかえり」
「マスター、ただいま――本当に酷い顔色だね。僕があれだけ口をすっぱくベッドで寝ろっていったのに、聞こえてなかったみたいだし。肌をボロボロにして、自覚が足りないと思うんだけど」
 開口一番、使い魔の小言を聞かされて、リンはふんふんと気の無い様子で頷いていた。下手に口答えするとめんどくさいから、言いたいだけ言わせておく。なにより、一戦交えるほどエネルギーがないという理由が大きかったが。
「聞いてるの? マスター?」
「はいはい。聞いてる。聞いてるってば」
「はい、は一回だって何度言わせれば気が済むの。それにマスターがそう言う風に言うときって、たいてい聞いてない時でしょ。まったくマスターは、僕はいつも思ってるけど――」
 更に途切れることの無い小言が続いているが、リンは右から左に聞き流すことにした。とことん世話焼きな使い魔に少々うんざりしたが、この性格は変わりそうにないし、それならば自分がある程度妥協するのが一番の近道だと判断する。適度に諦めることは、リンの生きる上で身に着けた処世術なのだ。
 気が済んだのか深く息を吐き出したホンは、ごそごそと自分の盛り上がっている胸元を探っていたかと思うと、嘴に銜えた何かをリンへと差し出した。
 それは魔の森で拾ってきたのだろう、熟れたチコリの赤い実だ。
 リンがチコリの実から視線を移して、ホンをじいっと見ていると、使い魔の烏はぷいと顔を逸らして早口で言う。
「……そろそろ仕事終わるころだと思ってとってきた。食べなよ。目の疲れがとれるでしょ」
 リンはホンをぼんやりと眺めてから、何を考えたのか、無表情でぱかっと口を開いた。
 ヒヨドリが親鳥に餌を強請るそのままのポーズで待ち続けるリンに、ホンは深い溜息をついてから、その口の中にチコリの実を放り込む。
 そして、もしゃもしゃと咀嚼しながら礼を言うリンに、ホンは口の中に物が入っているのに喋らないこと、と苦言を呈するのだった。



下僕、世話を焼く



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御礼&蛇足という名の後書き
 余々さんから、素敵なイラストを頂いてしまいました! クールビューティなリンちゃんの視線にフォーリンラブでした! しかも、ホンちゃんが凛々しくてかっこいい烏で、すごい感激! しかもなにがいいって、二人のしっくりしたバランスですよね! まさにイメージどおりで、森の小屋にいったら、こんな風に迎えてくれるんだろうなぁって思いました! 余々さん、本当に素敵なイラストをどうもありがとうございました!