暗い夜道を同じぐらいの背丈をした男女――厳密に言えば、"少年"と女が歩いている。
 索子(そうこ)と少年は、映画を見た帰りだったが、浮かんでいる表情は正反対だ。
 索子はうっとりと排気ガスで淀んだ空を見上げ、少年は気だるそうな様子で欠伸をする。そして少年は惰性で胸元を探ってみたが、そこにある筈だったものは、恐らく未だ彼女の鞄の中だということを思い出した。初対面で奪われたきり戻ってきていないそれは彼の思い出の品だ。

「――索子さん、俺のジッポ返してよ」
 呟くように静かな声だったが、索子の耳には届いていたらしい。
 索子は妙に上機嫌でくるりと少年に振り向いた。その上気した顔といい、カフェインで酔っ払いでもしたのだろうか、と少年は思う。
「だーめ! その年で煙草は体に悪いって何度言えばわかるのよ。身長も伸びなくなるわよ」
 索子はからからと笑い、少年に近づいてその腕に自分のそれを絡ませる。その警戒心の無さと、意識されてないことが少し癇に障ったが、少年の年相応ではない無表情からは何も読み取れない。索子は歩調を合わせながら、弾んだ声で少年に微笑みかけた。
「それにしても、思った以上に映画良かったわね」
「俺は別の奴が見たかったけどな」
 少年が希望したのはホラーだったが即却下され、その代わりに索子が選んだのがラブロマンス。殆ど眠っていた少年は登場人物が出会って結果的には幸せになったとしかストーリーを把握できていない――それほど間違ってもいないだろう。

「案外、索子さんもロマンチストなんだ」
 少年の声にからかうような色を見つけてか、索子は少しむっとしたようだった。
「女はロマンチックなものが好きなの――お子様には解らないかもだけどね」

 そうやって索子は、無意識に少年を煽る。
 ふぅん、と少年は鼻を漏らすと、索子の腕を捕まえて強く体を引き寄せた。
 少年はじいとぬばたまの瞳で固まった索子を見つめると、ほっそりとした指を索子の茶色の髪へと這わせた。そしてまるで頭の形まで確かめるように優しく撫でながら囁きかける。

「じゃあ、俺が索子さんのこと好きなの――索子さんは解ってるの?」

 索子の顔は驚きに彩られ、徐々に赤くなっていくその顔色を少年は楽しんだ。そしてゆっくりと首を傾け顔を近づければ、すんでのところで索子は少年の唇の侵攻をとめる。
 唇に当たる彼女の柔らかな指、動揺を映しこんだ茶色の瞳、そして微かに震える睫毛までがいとおしい――さて、苛めるのはここらへんにしておこうか。

 少年は唇に当たっている索子の指を軽く吸うと、彼女の体をあっさりと開放した。そして、首筋まで赤くしている索子を見て、くすりと笑う。
「冗談だよ索子さん――ジッポ、預かっててくれてありがとう」
 そう言って、索子の鞄から抜き出したジッポを見せびらかせば、彼女の顔色は違った感情で真っ赤になった。そんな索子に背を向け、少年はひらひらと手を振りながら遠ざかる。索子は少年の名前を呼び、彼の歩みを止めさせた。そして少年の背中にかけられたのは、未だ狼狽が残った声。
「あんたね……! 年上からかったら許さないわよっ!」
 その反応に少年は唇の端を吊り上げて、索子を振り返る。
 そして暗闇に佇む少年は真っ直ぐに索子を見据え、静かに微笑んだ。

 ――索子さんこそ、年下、なめたら痛い目にあうよ。

 その静かなる戦いの火蓋は切られたばかりなのだ。


夜道にて星時々、愛のカケヒキ



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御礼&蛇足という名の後書き
ゆうきさんに頂いた雀荘〜のイラスト! まさか短編のイラストをいただけるとは思わず、すっごく嬉しかったです! ラブ度が高くて萌え死ぬかと思いました。索子さんかわいいなぁ……そして少年の攻めぶり恐るべし……小説も絵につられて妙にらぶらぶになってしまいました。少年は確実に年齢誤魔化してそうな感じですね。いろいろ絵から妄想するの大変たのしゅうございました。
 それでは、ゆうきさん、本当に素敵なイラストをどうも有り難うございました!