拓巳の近頃の趣味は"観察"である。
 とは言っても、その対象は何でも良いわけではなく、今現在、目の前で勇猛果敢に身構える彼女にのみ限られるのだが。
 前々から気づいていたが、彼女は常に拓巳の想像を遥かに超える面白い反応を見せる。それが見たくて――そして、それを独り占めしたくて拓巳は昼休みになると彼女を来襲し、拉致するのが最近の恒例となっていた。
 彼女はむぅ、と頬を膨らませ、どこかのオヤジ所有の天使たちのようなファイティングポーズで拓巳に対峙する。拓巳にとってはその小生意気ささえもが不愉快かつ愉快で、ついつい形の良い唇がにやりとつりあがった。
「なんだその格好は? えらく勇ましいが、俺をやっつけでもするつもりか?」
 面白がるような響きを感じ取ってか、彼女はぎゅっと眉間に皺を寄せた。彼女なりには精一杯の険しい表情を作っているつもりだろうが、拓巳のよく知る悪友と比べてみると、それは絶望的と言っていいほど迫力に欠けている。
 これまでの付き合い上、拓巳に歯向かうのは無意味だと思い知っているはずなのに、それでいて彼女はいつもいつも無駄な努力をする。彼女の学習能力が皆無なところを馬鹿だとは思ったが、どういうことか最近では、それさえもが拓巳をたまらない気分にする――いいなぁ、このイキモノ。今日こそ攫って帰ろうか。結城だって初めは困った顔で笑うだろうが、結果的には家に置いていいと言うはずだ。
 彼女が聞いたら「私は捨て犬ですか! というか真顔でナチュラルな誘拐計画を立てないで下さい! ほんっと怖いから!」と喚き散らしそうなことを考えながら、拓巳はぼんやりと彼女を見つめている。
 なだらかに下降する眉毛から、感情を映す鏡のような瞳、そして真っ赤な唇に視線を滑らせて拓巳はすっと手を伸ばした。
 彼女の頬に手を沿わせ、堅く引き結ばれた唇を親指で無理矢理こじ開ける。彼女の顔が驚きに染まり、無防備に半開きになったその唇に己の舌をねじ込んだら彼女は一体どんな反応をするだろうか、と拓巳はふと想像する――たぶん酸欠の金魚みたいになるのは確実だ。今度、また試してみたら面白いかもしれない。
 彼女が心を読むことが出来たら発狂しそうなことを考えていた拓巳は散漫な意識を元に戻すと彼女に言い含める。

「バカモノ、そんなにきつく噛むと痕になる――口寂しいのなら俺の指でも銜えとくか?」

 冗談半分でそういえば、ガリ、という音とともに、拓巳の指には鈍い痛みが走る。噛まれた指を舐めながら軽く睨むと、彼女は茹で蛸のように真っ赤に、そして次の瞬間には血の気を引かせるという人間信号機になった。それに拓巳は腹がよじれるほど笑う――黄色が無かったことが盛大に悔やまれた。
 彼女は桂木から距離を取ろうとしたが、それを拓巳が簡単に許す筈も無い。ひょい、といとも簡単に彼女を抱えあげると拓巳はその体を肩に担いだ。腹部を圧迫されて間抜けな声を漏らす彼女の様子に喉を震わせると拓巳は悠々と歩き出す。
「かかか、会長! 下ろしてくださいってば! あのですね、私、会長みたいにエロい人とは半径32.195キロは離れるようにって言われてるんです! そう、家訓かなんかで――」
「お前、もしかして太ったか?」
 ふと気づいた疑問を口に出すと、ごちゃごちゃ煩かった彼女がぴたりと口を噤む。そして小声で彼女は拓巳の真意を探るような素振りを見せた。
「か、会長……ほんとの本当に私、重くなったと、思います? 確かに最近はケーキとかチョコレートとかいつも多めに食べてたし……昨日の放課後に寄り道して食べたラーメンが駄目だったんですかね?」
 ぶつぶつと最後のほうは殆ど独り言になっている。彼女の取るに足らない悩みに対して拓巳は「知るか」としか答えられないし、さほど興味も無い。それでも延々と喋り続ける彼女にうんざりした拓巳は、ぴたりと立ち止まった。
「ごちゃごちゃ煩いぞ。体重がなんだ! 俺は今現在、お前を持ち上げている、即ち、お前は俺よりも軽いのだから気にする必要などない!」
「っていうか、そもそも比較対象がおかし……ぎゃあああああ!!!」
 一向に黙ろうとしない彼女にむかついて拓巳は担いでいた左手で彼女の脇腹を揉んでみた。なるほど拓巳の掌に伝わるのは柔らかい感触――ふぅん、なかなか。これは愉快だな。
 叫び声をあげる彼女の訴えをさっくりと無視して、拓巳はこれからの観察に"腹の肉"欄を追加することにした。ちなみに触診で。

 ――桂木拓巳、十八歳。女の敵と成り得る男である。



誘拐、セクハラ、痴漢等。

女の敵ににはご用心!



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御礼&蛇足という名の後書き
 お神さんに頂いてしまった、ワタシトカレラ。の桂木拓巳&「私」のイラスト! 俵担ぎはとても萌えですよね! 金髪に碧眼の桂木がめっさかっこいいです! 立ち姿が凛としてて目力に惹きつけられちゃいます。ヒロインもお尻からのアングルに「お尻……じゅるり」となってしまいました。半分嘘です。
 なんだか今回は妙な雰囲気のSSが出来てしまいましたが、ぎりぎりセーフ? アウト? そんな曖昧な感じでよろしくお願いします。
 お神さん、すごく素敵なイラストをどうもありがとうございました!


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