麗らかな昼下がり。
私は机に伏せながら、御飯を食べた後の満腹感とゆったりとした時間の流れを楽しんでいた。しかし、そんな私の些細な幸せを無神経に破る災厄は、放っておいても向こうから勝手にやってくるものなのだ。
なんだか背筋がぞくぞくするなぁ、風邪でもひいたかなぁと私が腕を擦っていれば、ばしーん、という派手な音を響かせて、教室の扉が開いた。
ふはははは! という高笑いとともに登場したのは、地震雷火事親父、そして桂木拓巳である――私の中で奴は遥か昔に人災認定されている。
天気予報はなんで桂木警報を出してくれないんだ……と湧き上がる理不尽な怒りは所詮、無駄な足掻き、そして無意味な現実逃避である。
桂木はぺっかぺかの良い表情をしながら、その長い足を駆使して、私に近づいてきた。
「2C! 暇か? 暇だなっ! 暇人日本代表のお前が暇でないはずが無い! ほら、俺が遊んでやるから顔を貸せ!」
「……暇人日本代表って、いったいぜんたいワールドワイドで何を競うんですか」
お愛想でつっこみを入れつつ、私はもったりとした動作で体を起こした。その私のロースピードに焦れたのか、せっかちな桂木は私の腕を鷲掴みものすごい力で私を引っ張り上げる。
「だらだらどろんどろんでぐにゃぐにゃするなっ! お前はナメクジか! いい加減にしないと塩振り掛けるぞっ!」
「おことばですけど、なめくじに塩振り掛けるとよけいぐでんぐでんになりますよ」
「――何だとっ! 屁理屈言うのはこの口かっ!」
「いだだだだっっ! 本当のこと言っただけじゃないですかぁ!!」
そうして私はいつもの流れ作業で、桂木に見事拉致されてしまったわけなのである。
空は雲ひとつ無い快晴で、上りきった太陽がぎらぎらと歯を見せて笑っている。その下で私は、機嫌の良い桂木、そして太陽が非常に似合わない男・峰藤浩輝という恐怖のサンドイッチに挟まれながら猫を抱いていた――どうしてこんな状況に。
どうやら桂木はどこかで野良猫を捕獲してきたらしい。しかも、"お前等に似てたから、見せたかったんだ! 胸の中に入れてきたんだぞ!"という――えぇ、それ自由と青春を謳歌している猫さんに対してどうなのよ? 的な理由と運び方でだ。
そして、不幸にも"お前ら"に想定されてしまった私はそんな表情をしていたし、私と同じように問答無用で連れて来られたらしい峰藤は、触れたら血を見そうな不機嫌さだったが、桂木の世界の中心は永遠に変わりそうにもない。
私の膝の上で丸くなっている白い猫は、撫でればその滑々とした感触が指に気持ち良い。桂木は茶と白の混ざった子猫を大きな手で包みこみ、上機嫌で手遊びをしている。小動物が苦手だと言っていたわりには、抱いている子猫も嫌がっている様子はないから、案外、動物の扱い方は心得ているのかもしれない――本人が野生動物だからっていう可能性も捨てきれないが。
それに比べると――私は左隣の人物にちらりと視線を移した。
峰藤がおっかなびっくりで持ち上げた手の中で、猫はニャーニャーと鳴き声を上げている。じたばたと暴れる猫をどう扱えばいいのか図りかねているらしい峰藤は、珍しくも焦ったような表情で黒猫を見つめていた。
このまま困っているところを意地悪く眺めるという復讐も魅力的だったが、ちょっと可哀想ではあるし(主に猫が)、あとの報復が何よりも怖い。私はなるべく峰藤のプライドを逆撫でしないような言葉を選んだ。
「あのぉ、副会長……猫は安定していないと不安がりますから、もう片方の手でお尻を支えてあげるようにして抱いてください、ね?」
峰藤は弾かれたようにこちらをみると、ぎこち無い動作で慎重に猫を抱きなおし、黒猫も峰藤の膝の上に居場所を見つけたようだ。
「――あぁ、安心したみたいですね。かわいいなぁ」
峰藤の膝の上の黒猫に手を伸ばせば、ごろごろと喉を鳴らして気持ちよさそうに目を細める。猫はクールな動物だと思われがちだが、実はとても表情豊かなのだ。
ふと、顔をあげると、強張った表情の峰藤と目が合った――そう思えば、峰藤はぴくりとも身動きができないようである。
「……あの、副会長、もしかして緊張してます?」
恐る恐る聞いてみたら、峰藤は私をギリッと強い視線で睨んだが(怖っ!)、やはりそれでも微動だにしない。
猫を起こさないように気を使ってるのかな――いやいや、もしかしたら食用に捕らえているだけです、とか言い出しても私は驚くまい。魔族だし。
いざと言う時は決死の覚悟で黒猫を救い出すことを決めていた私に、峰藤はぽつりと聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いた。
「――慣れないので、少し扱いかねているだけです」
「は、はぁ」
その声がなぜか少し拗ねているようにも聞こえて、私は呆気にとられて峰藤を凝視してしまった。その視線に気づくと峰藤は、恐ろしいほどの殺人ビームで反撃してきたので、私は即効で目を逸らす――触らぬ峰藤に祟りなしである。触らなくても勝手に呪ってきそうな勢いはあるけれども。
膝の上の猫の重みを感じながら私は太陽を仰ぎ見た。
この奇妙な取り合わせが妙にしっくりきてしまっているのが恐ろしいけれど、たまにはこんな午後もいいのかもしれない――あくまでもたまに。
こうして猫と私と彼らの昼下がりは、驚くほど平和に過ぎていくのだった。
にゃんにゃんにゃん!
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御礼&蛇足という名の後書き
vientさんに頂いてしまった、ワタシトカレラ。のスリーショットイラスト! というか、桂木が美人過ぎて惚れました。めちゃくちゃかっこいいですね。そして峰藤もちょっとへたれているところがいつも見れない表情で嬉しかったです。ヒロインも女子高生っぽくてすごく素敵! ナイス膝小僧! 本当に爽やかなスリーショットでほんわかと幸せにしていただきました。眼福。
小説もなんともぬるい感じになってしまいましたが、ほのぼのっぽい雰囲気を感じ取っていただければ嬉しいです。
vientさん、すごく素敵なイラストをどうもありがとうございました!