冷えた空気は肌を容赦なく突き刺し、浩輝はそっと眉を顰める。
 吐いた息は白くけぶり、世界へと溶けていった。
 自分は寒さに強いほうだが、それでも最近の冷え込みは少し堪える。
 見上げると卵の黄身のような月が姿を現し、周りには瞬く星たちが雁首を揃えていた。
 特に星が好きなわけでもなかったが、オリオン座の名前と形くらいは知っている。
 乱暴者だったために蠍に殺されて死んだ男の星らしいが、想像力の乏しい浩輝には、それは美青年というよりは、精々良いところで砂時計にしか見えなかった。
 ひゅっと通り抜けていく風に首を竦めると、機嫌の良さそうな声が掛けられる。
「おい、藤! 何を間抜け面をさらしてる、食わないのか? 腹が減っては戦はできないぞ!」
 誰と戦するつもりですか、とは聞かない。無意味だ。
 この男は蠍に刺されてもへらへらしてそうだな、と浩輝は連れ立っていた男――桂木拓巳に視線を向けた。
 浩輝の白けた眼差しの意味を取り違えることなく、拓巳の機嫌は急降下する。
 それでも直ぐに食って掛かってこなかったのは、拓巳が熱々の肉まんを頬張っていたからだろう。
 鷲掴みにしていた肉まんを、口の中に放り込むと――二口で食べきった――拓巳は喉を鳴らした。
「死神みたいな陰気くさい顔しやがって! 冬なのに肉まんを食べないなんて奴は肉まんに対する侮辱罪で死刑だぞっ!」
 理不尽この上ない台詞を、浩輝は当然のように無視する。反応するだけエネルギーの無駄だということは自明の理だ。
 拓巳は好き放題に浩輝のことを罵っていたが、放置していたらそれなりに気が済んだらしい。はちきれそうになっているコンビニの袋から新しい肉まんを取り出した。
 にこにこと、怒っていたことなんて直ぐに忘れている拓巳を眺めて、浩輝はひとつ溜息を吐く。
 この男とは小学校以来の腐れ縁だが、本当にどこまでこの付き合いが続いてしまうのだろう。想像すると多少、ぞっとした。
 その関係は、恐らく金属かなにか繋がれていて、ぼろぼろに酸化したとしても断ち切れないほど複雑に絡み合っているのだ。
 もともと、浩輝にとって拓巳は、ひとつの共通点も存在しない男だった。
 行動力があるが飽きっぽい拓巳と、慎重で初志貫徹な浩輝。
 底抜けに明るいがどこか冷めている拓巳と、冷たそうにみえて情に厚いところもある浩輝。
 水と油のような存在で、初対面も決して良いものではなかったし、拓巳の自由奔放さに呆れ、うんざりさせられたことなんて、数えるのも嫌になるぐらいある。それも現在進行形で。それでも付かず離れずの関係が切れることはなかったのは何故なのだろう。
 あるいは、小さい頃から他人と関わることを拒絶してきた浩輝は、自分とはまったく違う拓巳だったからこそ、傍にいることを許容できたのかもしれない。
 決して枠に捕われない、自由で破天荒な男。
 それは恐らく、家という枠に雁字搦めにされていた子供にはさぞ眩しく写ったのだろう――今となっては口に出すのもおぞましいが。
 浩輝が鬱屈した気分を追い払うように首を振り、眼鏡を押し上げると、拓巳が何かを発見したのか嬉しそうな声を上げた。
 少しだけ予感はあった。これ程までに拓巳を有頂天にさせる心当たりといえばひとつしかない。
 浩輝が視線を移すと、拓巳がダッフルコートを身に纏った彼女に飛び掛っているのが見えた。餌付けでもするつもりだろうか。
 深い、深い溜息を吐いて、浩輝は戯れる二人に向かって歩みを進めたのだった。



今夜、貴方とこの場所で



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御礼&蛇足という名の後書き
ゆうきさんに頂いたワタシトカレラ。のイラスト! ワタカレ。の桂木&峰藤コンビというリクエストで書いていただいたのですが、すごくすごーく素敵なイラストにうっとりしました。二人の色合いとかが対照的で本当にイメージどおりでした! 腐れ縁っていいですよね。さらにそれが自分とはまったく違う性格の人だったりしたら。峰藤視点だとこんなかんじかなぁとイメージがむくむくしました。距離感がある友情(?)が理想です。
 ゆうきさん、本当に素敵なイラストをどうも有り難うございました! 絵の全体が見たい方はこちらから!(別窓)