桂木拓巳君は高校三年生です。
唯我独尊、自己中キング、とか呼ばれているのは風の噂に聞いていましたが本人はどこを吹く風。そんなことより、日々を面白おかしくすごす事のほうが彼には大事なわけで。
今日も胸を張り自分の道(マイウェイ)を爆走中です。
完璧な音程でアニメソングを口ずさみながら、学校からの帰り道を進んでいるとふと道端で光るものが目に入りました。それは誰かが落としたのでしょう、ぴかりと光を反射させる五百円玉でした。
落し物は交番へ。
人の目や罪悪感から、少しは躊躇するふりでもすればいいのに、拓巳君は日頃の行いがいいのだと、あっさりねこばばしました。――ある意味、凄く男らしいのかもしれません。
五百円玉を指で弾き、くるくると回りながら落ちてきたところを空中で捕まえる。
そんなふうにコインを弄びながら拓巳君はコンビニに飛び込みました。
いらっしゃいませ、と声がかかります。なんとなく機嫌がよかったので拓巳君は愛想を振りまきました。笑顔の大盤振る舞いです。
すると何故か店員さんは驚いたようにこちらを凝視しています。その変な顔に彼がくすり、と笑うと今度は顔色をぱっと変えました。変なやつだ、と思いながらも拓巳君の興味は漫画コーナーへと移ります。
週間ヤンプを立ち読みしてけらけらと笑った後、拓巳君はアイスを買うことにしました。アイスコーナーへと足を運ぶと、ガラスを通していろんなアイスの種類が目に入ってきます。500円の臨時収入があったけれど、拓巳君が選ぶのはいつもと同じガ○ガリ君です。それでも今日は奮発して二つ買いました。
レジでガ○ガリ君を会計して、拾った500円玉を差し出しました。
あの変な店員は声も小さくて聞えないし、客の顔を見ようともしません。すこしだけむっとした拓巳君は悪戯っぽくにやりと笑いました。
お釣りを渡そうとお金をのせた店員の掌を、包み込むようにギュッと握り締めて低音ボイスで囁きます。
「釣りはいらねぇ、とっときな嬢ちゃん」
丁度今読んでいたヤンプに出ていたハードボイルドなキャラクタの台詞を真似してみただけでしたが効果は絶大。魂の抜けた店員さんに大満足で拓巳君はコンビニを飛び出しました。ちなみに店員さんはパートのオバサマであったりもするわけで。嬢ちゃんですって! とオバサマはめろめろ。図らずもたらしこんじゃちゃっている拓巳君です。結局、お釣りは募金箱に納められたというのは蛇足。
ガ○ガリ君を口の中に突っ込みながら歩いていればあっという間に家の前。太陽は役目をほぼ終えかけて、最後の仕上げにと喫茶店をセンチメンタルな色に染めています。それは見慣れたものでしたが、彼はぼんやりとその光景に見とれました。
「あれ会長?」
聞きなれた鐘と一緒に扉が開き、拓巳君に声をかけたのは彼女でした。
彼女は少し吃驚したように、眼をまんまるくしました。
変な顔だ。と拓巳君は思いましたが、あのコンビニの店員さんの時とは違って、何故かその変な顔をもっと面白くしてやりたい、という衝動が湧き上がってきます。
拓巳君の目の中にそんな光を読み取ったのか、彼女は気を逸らすために畳み掛けて言葉を発しました。
「今、帰りですか?」
「ふ」
口の中を冷たいソーダアイスが占領していたので、言葉の変わりに頷きました。頬が四角くなっていたのが面白かったのでしょう。彼女は噴出しながらも、こちらを見つめています。笑われたことに腹が立ちましたが、彼女の笑い顔は嫌いではなかったので許してあげました。
「2Cも食うか?」
寛大な心で、もう一つのガ○ガリ君の入った袋を持ち上げてみたところ、あろうことか彼女は首を横に振りました。ふにゃり、とアイスが溶けたような柔らかい顔をして彼女は笑います。彼女がどんなときにその表情をするのか、拓巳君はよく知っていたので胸がチクリとしました。
「結城さんのケーキ食べたからお腹一杯なんです。会長が羨ましいですよ。あんなケーキがいっつも食べられて――」
甘いものが大好きな拓巳君でしたが、彼女のその甘い表情は拓巳の機嫌を斜めに傾けました。
そして気付けば彼の指は彼女のふっくらとした頬を抓り上げていました。抓らねばならない! と本能が神経に即座に命令を出していたのです。
「い、イタッ! 痛い! 何っすんですかー!」
「生意気にも俺の親切心を傷つけた報いだ! 思い知れ!」
「はぁ?」
その甘い顔を崩してやった事に、拓巳君は大いに満足しました。やっぱり彼女には変な顔のほうが似合うのだと、あの顔は気に食わなかったのだと、彼は思いました。
そして「せいぜい肥えるがいい!」と捨て台詞とともにガ○ガリ君を押し付けました。彼女は肥える、という言葉にショックを受けていたみたいですが、三歩で忘れる鳥頭なので大丈夫だろう。と拓巳君は思いました。自分の事は完璧に棚に上げている所が彼らしさです。
自分が与えた餌で肥えればいい。
自分の前でだけ笑えばいい。
なんならもっと優しくしてやろう。
そんな事を考えながら、拓巳君は首を捻りました。
さてはて、なぜ自分はこんなことを考えているのだろう。――いやいや、それは単純な事だ。
そのほうが毎日が面白いからに決まっている!
どこまでも我侭な拓巳君は、その不思議な感情を理解することの無いまま、今日も我が道を行くのです。
六十円の独占欲
蛇足という名の後書き
感想からフィーリングを頂いて、佐東の中で何かが燃えがってしまい一気に書き上げた短編です。ほんのり甘く仕上がったと思うのですが如何でしょう。恋かすらも自覚していない微妙な感情。佐東は実はラブラブよりもこういう中途半端な距離感が大好きです。
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