眼鏡の似合う人3




 よくあるでしょう、見目の良くない人物をいじり倒して、大変身させてしまう企画。でも、予算もない素人が手を出しても、結果は出そうにないシロモノよね。
 って言ったのに、多数決でやることになってしまった。何考えてるんだアナタ達は。


 うちの銀行の組合には、ナゼか青婦人部という若年層の為の組織がある。若いモンは若いモン同士でと言いたいのか、入行したての新入行員から、まあ30歳過ぎくらいまでの独身の男女行員が対象で、それを取り纏める執行部も、対象行員から選ばれる。実際は、ある日突然、前任の先輩から肩を叩かれて、「アナタならやれる。後は頼んだよろしく!」と言い逃げされ、有無を言うスキもなく任命されるのだが。ちなみに、会合場所が本部の一室なので、本部・本店・近郊支店に所属する若者が、主に生け贄となる。寄せ集められた(逃げ損ねた)面々は、そこで、同世代に合わせたオリエンテーションや旅行の企画を段取りして行く。年1回は機関誌も出すが、これもほとんど娯楽の為のミニコミ誌だ。
 で、この機関誌の紙面を埋める為の企画を出し合っていたら、冒頭のような流れになってしまったワケ。
「正直、予算ないですよ。安上がりで変わりそうな、具体的な候補でもいるんですか?」
 今年の編集担当としては、このお調子者の多い連中に、そうそう手綱を預けるわけにもいかない。何せ、放っとくと会議も始めず、延々えんえん噂話に花咲かしてるんだもの・・・。仕事場ではちゃんとやってるみたいだし、これは余分なボランティアだから、キツく言う気はないけどね。さっさと終わらせて帰りたい私の身には、なって欲しい。
「一人はもう園田君で決まりでしょう。いくら忙しくたって今日も遅刻。まだ来てない。これはもう、絶対罰ゲーム!」
「罰ゲーム!」
「罰ゲーム!」
 なんか、気の毒・・・。
 毎回マトモに来た試しがない、市内の支店勤務の2年先輩は、来たとしてもここでは目立たない、地味ーでボサーッとした感じの青年だ。明らかにやる気がない。おしゃべりばかりの連中も困るが、これも困る。その気になれば、入行後2年間の職場巡りを生き抜いて、今は外回り営業で活躍している人なんだから、使えないわけないと思うんだけど・・・。
 まあ、今まで青婦(青婦人部の略)をおろそかにしたツケを、払っていただきましょうか。
 しかし、どうやって? 出すお金なんて、ないんですけど。
「そーんなの、ヤツの自腹に決まってんじゃない!」
 うわ鬼畜。鬼畜ですね、皆さん。でもそれ、本人納得させないと払わないだろうから、余計難易度上がる気がするんですけど・・・。
 他人事ながら、ご同情申し上げていると、噂をすれば影。
「こんばんはー、遅くなりましたー」
 と、全然悪いと思っていないのが丸わかりなしれっとした声とともに、園田氏が登場した。
 いつになく間抜けた、ビン底眼鏡を掛けた顔で。
「園田ぁ?お前それどうした?」
「どーしたもこーしたも、ついにコンタクトの備蓄が切れてくれて、はーっ」
 外回り営業にコンタクトが多いのは、何もおしゃれとか良い印象作りとか、それだけではない。ぶっちゃけ、バイクを乗り回して移動する際、ヘルメットをかぶるのに、眼鏡は邪魔!なんだそうだ。
 そーいえばよく眼が充血してたが、この人もコンタクトだったのか・・・。
「うわ、イイ!いいよ、園田くん。こっち向いてー」
 きょとん、とした見事な間抜け面を、容赦ないデジカメのフラッシュが襲った。
「よし、萩原さん、使用前の写真はコレにしよう!最高!」
 ノリノリですな、先輩・・・。
「な、何だ?」
 さすがにこの不穏な雰囲気に気づいて、園田さんは狼狽した。
 ため息が出た。
「使用後をどうするかも、ちゃんと考えて下さいね?」


「メイク・オーバー? 何だそれ?」
 予想違わず、園田さんの抵抗は激しかった。というか、実はキツいくらい自己主張できる人だったと判明。
 そして、こちらにお鉢が回ってきた。
「萩原さん! 何でこんな企画通すのさ。青婦の良心と呼ばれるアナタがついていながら」
 って、呼ばれたことないよ、あいにく。
「多数決で、残念ながら」
 即答したら、それまで流暢に反論していた彼は絶句した。
「ブルータスお前もか・・・」
 てことは、私って信用されてたの? あら意外。
 ま、一応経緯を説明する。
「企画仮タイトルは『なんちゃってメイクオーバー』。これは例のTV番組からのパクリです。一応形としては、青婦人部全員に他のページと一緒に投稿募集をかけ、『大変身した彼・彼女』を自薦他薦で応募してもらいます。所属・氏名・他薦の場合の推薦者名・変身前後の写真・コメントを提出」
「集まるのか、そんなの・・・」
「そこで、サクラが必要になります。反応がなくてもページを作れるくらいのネタは必要ですから。ということで、園田先輩、ご協力よろしくお願い申し上げます」
「何だとー?」
「ひゅーひゅー!頑張ってねぇ!」
 バン!
 机を叩いて冷やかしの声を睨みつけたのは、私だ。
「言っておきますが」
 おお、面白いほど皆さん固まっているよ。
「具体的な方策を、私もまだ聞いていませんし、納得しておりません。心積もりを、手短かに、ご説明下さい。木野先輩と、河野さんと、樋口さん。一人づつ、どうぞ」
 名指しされた3人の言い出しっぺが、「えー」とか何とかうろたえていたが、逃がすか馬鹿者。
 にっこり笑って促し、ついでに時計をちらりと見た。
 市内に住んでるテメーラと違って、こちとら一本逃がすと1時間待ちの列車通勤なんだよ!タクシーだと非常用の五千円札が消える距離なんだぞ?自腹だぞ?
 おまけに会合は泣いても笑っても月1回。ここで概要を決めておかないと、結局残りが全部編集係にかぶさってくるのだ。そうはいくか。
 目の据わった私に、いささかビビった皆さんは、その後なんとか案を吐き出してくれ、方向だけは固まった。


 数日後、週に1回の早帰り日、私は園田さんと待ち合わせて、馴染みの眼鏡店に向かった。
 一旦決まったからには、私だって協力は惜しまない。人にばかりやらせるのは性に合わないのだ。とりあえず私にできそうな数少ない事の一つに、眼鏡の見立てがあった。
 コンタクト使用時の地味な素顔も、ビン底眼鏡も今イチパッとしないが、園田氏の顔立ちや、体型そのものは、すっきりしていて悪くない。眼鏡をもう少しまともなものにすれば、イメージアップを図れるだろう。幸い、私は長年の眼鏡愛用者で、良い店も知っていた。
「こんにちはー!」
 連れ立って来たのは、市内中心部から徒歩距離で少し離れた商店街にある、何の変哲もなさそうな小さな間口の個人眼鏡店。私も最初はそう思った。しかして、その実態は。
「いらっしゃいませー、あ、萩原さん」
 さっと立ち上がって迎えてくれたのは、長髪を後ろでくくったトッポそうな青年だった。カウンターの中からは、丸眼鏡を掛けたゴマ塩頭のおじさんが、ニコリと笑いかけてくれる。私も微笑み返した。
「知り合い、連れて来ました。見立ててくれませんか?」
 そう言って、ズズイと園田氏を押し出した。今日も彼氏はビン底眼鏡だ。
 途端に、二人の眼が生き生きと輝いた。
「ようこそ、こちらは初めてですね?」
「は・・・はい」
「今お掛けになっている眼鏡を、少し見せていただいて宜しいですか?」
 失礼します、とさっさと外され、園田氏はその手際の良さに唖然としていた。くっくっく。
「こちらは、何年くらい掛けて」
「あーもう・・・10年くらい・・・」
「では、まず、度を測りましょう、こちらに」
「あ、はい・・・」
 ちらっと、助けを求めるような視線を向けられたが、にっこり笑って励ました。
「いってらっしゃーい」
 とはいっても、狭い店。少し奥に、工夫された測定スペースがあるだけ。ほとんど目の前だ。
「萩原さんは、今日は?」
 園田氏には息子さんが付き、私にはおじさんが応対した。
「あ、じゃー私もついでに調整お願いします」
 これが巧いんだ、この店は。親子どっちに頼んでも、ピタッと合わせてくれる。腕が良くて、ポリシーがあって、職人だなあ、と思うことしばしば。すっかりハマってしまって、もう量販店では満足できないほどだ。
 見つけたのは、老眼で初めて眼鏡を作った初心者の母。これがまた、笑える話で。
 待ち時間の間、小さな店内にあふれるフレームを見て回った。調整は、あっという間に終わる。クリーニング液をすすいで眼鏡を拭きながら、おじさんがニコニコ話しかけて来た。
「もしかして、彼氏?」
「はずれ。会社の先輩です。あんまり酷い眼鏡だったから」
「そうだね、10年放ったらかしは、ちょっとね」
 二人して、ちらり、と、視力を測っている園田氏を見た。
「親父さんだったら、どれお薦めする?」
「うーん、これなんてどう?」
 レンズの小さい、シャープな感じのフレーム。
「ほー、なるほど」
 まあ、後で息子さんの意見も聞いてみなくちゃね。


 そうして、4人掛かりでさんざん揉めた挙げ句決まった眼鏡は、恐ろしく園田氏に似合っていて、以前の百倍は仕事のできそうなイイ男に、彼を演出していた。
 本人はひたすら、そのお値段にビビっていたけどね。
 でも実は量販店でも、同じ品をあつらえたら、値段はそう変わらないのだ。お得と言われてもう一つ余分に作るから、半額で作った気になるだけ。そうして数だけ増えた眼鏡が、家ではいくつ死蔵されていることやら。
 母の紹介でここに調整に来るようになって、私の眼鏡装着感は大幅に向上した。この調整の腕は、保護を要する。だから店の維持の為にも、多少高くたって、私はここで買うことに決めている。見つくろいも的確だしね。
 押し付けた形の園田さんには悪いが、決して損はしないはずだ。一度掛け始めたら、きっと違いがわかるはず。


 その後、園田氏の大?改造は、各自バトンタッチの形で順調に進んでいった、はずだ。ひと月後の会合には、完成形を写真館で撮影したものが、仕上がって来る段取りになっている。
 だが、誌面はそれだけじゃないので、編集の私は忙しく働いた。なのに、報酬はゼロ。まあ、良い経験には確かになるんだけれど。


「もらって来ましたー!ご開帳!!」
 次の会合で披露された写真は、とんでもなく良い出来だった。どよめきが上がる。そしてやっぱり、園田氏は遅刻していた。
「すげえ、これ、何で?」
 うーん。自分でやっといて何だけど、やはり眼鏡だな。私もそうなんだけど、特徴のない地味顔って、何かアクセントがあった方がサマになるのよね。
 新しい眼鏡を掛けた途端に、園田氏の地味なボケ顔は、引き締まって鋭い、知的な顔になっていた。それだけで男前度3割増ってのは、ちょっと詐欺だと思うが。
 言い出しっぺの3人は、自分たちの思いつきが当たってご満悦だった。
 今回使った店には、協力の上、広告も買ってもらったし、一石二鳥。当初思ったよりもずっと万々歳の結果だった。


 と思っていたのに。
 ここはどこ。
 そして、私は誰?


「そそそ、園田さん・・・?」
 新しい眼鏡がすっかり気に入ったらしい彼に、良い眼鏡屋を紹介してもらった御礼がしたい、と言われた時、邪気は感じなかった。
 お返しに、ランチの美味しい穴場を紹介しようと言われて、休日にホイホイ出て来た私が、バカだったんだろうか?
 ランチは美味しかった。私は隣のベッドタウンから通勤しているから、市内で美味しい食事ができる、ということは知っていても、行って食べた事はほとんどない。何かついでがないと、毎日通っている距離を休日にはるばるやってくることもないので、この日も、終わったら久しぶりに本屋巡りでもしようと心づもりしていたのだ。
「ちょっともう一つ、つき合って」
 と、昼食をおごってくれた優しい先輩が言った時、にっこり快諾したのは、あとはのんびり過ごすだけだったからだ。
 そうしたら、結婚式場によく使われる老舗の某会館に連れ込まれ、何故だかどんどん奥に引っ張られて行き、終点で愛想の良いお姉さんに引き渡された。
 一体、これは何。
 はてなマークを一杯浮かべた私の顔を見て、園田さんは吹き出した。そこで初めて、彼の後ろに完璧に隠されていた、悪魔のシッポに気がついた。
「僕もたまには、青婦の活動に協力しようと思って」
 だから何を。
「ヒトを着飾らせるのって、実に楽しそうなんだよね、皆」
 嫌な予感。
「僕にも楽しませて?」
 にっこり笑わないで下さいその男前3割増になった眼鏡ハンサム顔でー!


 やられた・・・。
 だがまあ、お代はヤツ持ちだと言うから(何考えてんだ?)お言葉に甘えさせてもらおう。
 別に、おしゃれが嫌いなわけではないのだ。単に、面倒臭いし、金と時間がもったいないから、必要最小限しかしないだけ。お膳立てが揃っているなら、やってみようかと思うくらいの好奇心は、持ち合わせているのだ、実は。


 貸衣装コーナーのドレスの山(披露宴ゲスト用か?)から、比較的自分に許せるモノを選び、付属の美容コーナーで、メイクとセットをしてもらった。付けまつ毛は初体験。まぶたが重いぞ。
 出来上がったところで、写真撮影のコーナーに移動したら、そこに諸悪の根源が待ち構えていた。
「ええ、マジ?」
 自分で画策しといて、開口一番その台詞かい。
 ちなみに眼鏡を外しているので、今の私の視界は五里霧中。傍にいる園田さんの輪郭も、薄らボンヤリにしか見えない。
「文句があったら、仕掛けたご自分にどうぞ」
「えっ、ないよ、ない! 凄い、萩原さん、お化粧すると別人みたいだ。化けたねー」
 言うにことかいて「化けた」かい。
 さすがにムッとして口を尖らせると、急にバッと飛び退かれた。はい?
「うわ、嘘?」
「・・・何です?」
 人を化け物みたいに・・・。
「いや、その、イメージが全然違ってて、もの凄く」
「・・・そんなに違いますか?」
「だって普段の眼鏡姿はあんなに堅そうなのに」
 そんなに違うかー?
 だからって何もそんなに大げさに、口元覆って狼狽えなくてもいいと思うんだが。


 この時の写真は、やはり次の会合で披露され、私は見事サクラ2号となった。
 ここでもさんざん別人28号と言われたなあ。
「へー! 誰これ、うちの行員?」
 って、皆さん真顔で言うんだもんねえ。
 仕掛けた園田さんは、珍しく遅刻せずに来ていて、得意げに宣言した。
「何言ってんだよ、そこにいるだろ?」
「へ?」
「さて、誰でしょう」
 ああ、凄い嬉しそう。
 視線がお互いを一巡りして尚、回答は出なかった。
「・・・あ!?」
 長い沈黙の後、素っ頓狂な声が上がった。
「わかった?」
「でも、まさか・・・」
 木野先輩は、恐る恐る私と園田さんを見て、はっと確信した。
「うそおっ!」
「えっ誰、だれ?」
 そして震える指が、私を差す。
「どっしぇー!!!」
「ほんと?ホントにコレ、萩原さん?」
「言われなきゃわからないよコレ、別人じゃん」
「うそー!」
 どよめきが部屋を揺るがせた。
 まあ、このくらい驚いていただければ、私もバカをやった甲斐があるというもので。
 ちなみに、その後何度も皆さんからは、「コンタクトにしたら?」とか「ちゃんとお化粧したら?」とか言われ続けました。ウルサかったなあ。
 あー・・・園田さんだけは、言わなかったけど。

《了》


前項

作者/oki