※(あまりためにならない)前回のおさらい。
 嫉妬に狂う美登里女王にびびりながらも、鬼退治にやってきた先は城の一室。赤目の鬼には兎耳が生えていた! 峰藤兎と再会したアリスの運命やいかに!




 木槌をコンコンと鳴らしながら、法廷には美登里女王の澄んだ声が響きました。
「静粛に……静かにしろっつってんだろうが!」
 短気な女王の恫喝にざわざわしていた法廷内は水をうったような沈黙に包まれました。それに満足そうに頷くと女王は息を吸い込みました。
「それじゃあ、これから裁判を始めるわ。被告人・アリス!」
 アリスはのろのろと被告人席へ立ちました。
「被告人アリスの罪状は『桂木君の心を煩わせた罪』よ。何か弁解はある?」
「煩わせた覚えまったくないんですけど。むしろ逆だと――」
「シャラップ! それじゃ検察官、始めて」
 自分が聞いたくせに! とあまりの理不尽さにアリスは腹を立てました。しかしそんなのお構い無しに裁判は進みます。立ち上がった兎――名前は西条といいました――はとろんとした目つきで口を開きました。
「えぇっと、アリスちゃんはぁ、たっくんの下僕なのに、峰藤兎さんの召使でもあり、それは、ふ、ふぎ? ふちゅう、ふとくの成すところである……よって検察側はアリスの死刑を求刑する、と」
 明らかに西条兎はカンペを見ながら喋っていました。
 死刑! アリスの血の気がざっと引きます。アリスの弁護士(それはなんと峰藤兎でした!)はそれを受けて立ち上がりました。
「メリーアン――アリスは私の使用人でした。それは認めます。自分から逃げ出した事も事実です。しかし、安易に死刑を求めるというのは浅はかではないでしょうか。何故なら――」
 峰藤が自分をかばってくれている事にアリスは感動しました。ちょっとだけ見直したので、丸焼きにするのは勘弁してあげようと思いました。峰藤は続けます。
「――アリスは器物破損の償いを終えていないのです。その責務を全うしてから死刑に処すべきでしょう」
「そこかよー! ってかお前は私の弁護士だろうがー!」
 すると今度は原告側に座っていた被害者――桂木猫が立ち上がりました。
「何を言っている! アリスは俺の下僕だ! 藤になんてやらないからな!」
「アリスが誰のものだろうと知ったことではありません。被害をこうむったのはこちらも同じですから、それだけの働きを終えるまではこちらのものです」
 もうめちゃくちゃです。双方がいつのまにかアリスの所有権を訴え始めました。これは俗に言うひっぱりだこというやつかしら。ふとアリスは現実逃避からそう思いました。しかし、はっきりしているのはどちらに転んでも地獄だという事です。

「静粛に! 静かにしなかったらちょん切るわよ!」
 女王様は割れそうになるほど勢いよく木槌を打ち鳴らしました。ようやく静かになった場内を見渡すと、女王様はひとつ咳払いをしました。
「それでは最後に判決を言い渡すわ」
 ごくりと場内に緊張がはしります。
「被告人アリスは桂木君に必要とされているのがむかつくから、死刑!」
「裁判の意味ねー!」
 アリスは絶叫しました。もともと私怨を持った人間が裁判官席に座っているという事が大いなる矛盾です。
 アリスは殺されてはたまらないと、法廷から逃げ出そうとしました。しかし、あえなくトランプの兵隊に捕まってしまいます。
「離して! 離してってば! 死にたくない!」
 じたばたと足をばたつかせても、アリスの両脇を固めた兵隊達はびくともしません。その時、ぼかっと鈍い音がして、アリスの体も同時に自由になりました。座り込みながらも顔を上げると、そこには桂木猫と峰藤兎が立っていました。驚いた事に彼らがトランプの兵隊をのしてくれたようです。桂木猫はアリスを引っ張り、立ち上がらせるとにぃっと笑いました。
「生死をかけた鬼ごっこはスリリングで楽しいぞ! さぁ、逃げるがいい!」
 峰藤はそっぽをむきながらも、アリスの背中を押しました。
「どんくさいからすぐに捕まりそうですけど、精々頑張って下さい」
 アリスは弾かれたように走り出しました。


 桂木の言うとおり、まさにデッドオアアライブ、生死をかけた鬼ごっこです。アリスは城を後にし、庭を抜け、森を通り過ぎ逃げ続けました。後ろからは鬼の形相をした美登里(ヒィ!)とトランプの兵隊が追いかけてきます。そこにトラップ探偵社の三人組の姿を確認してアリスは泣きたくなりました。しかし、アリスは足が速かったのでなかなか追いつけないようでした。
 へとへとになりながらも、たどり着いたのは最初にアリスが落ちてきた穴倉です。上を見上げれば穴が開いています。もしも私に羽が生えてたら帰れるのに! アリスはファンタジックな事を考えました。目の前にはじりじりと包囲の輪を狭める人殺し集団です。とうとうアリスはとっ捕まってしまいました。
「観念しなさいよ、アリス」
 にやりと悪役の微笑みを浮かべて、美登里が近づいてきました。アリスは恐怖に顔をゆがめます。
「さぁ、みんなやっておしまい!」
 美登里が手を振り上げそう宣言すると、集団がアリスに飛び掛ります。もう駄目だ! 自分の死を覚悟しましたが、痛みはやってきません。
 こちょ。
 その代わりにやってきたのは湧き上がるようなくすぐったさでした。
「ぎゃはははは! あはははは! くくく、くすぐったい! ややや、やめてー!」
 アリスを取り囲んでいるトランプ各々が、ねこじゃらしやら羽やらを手にしていました。ついにはアリスの靴下まで脱がされます。美登里女王はぴしりと指を突きつけながら言いました。
「くすぐられて死ぬといいわ!」
「じ、地味ー! でもすっごく陰険っ、あははっは!」
 それは地獄の苦しみでした。くすぐったさに笑いが止まりません。このままでは腹筋が割れてしまうかも! 苦しい! アリスは救いを求めるように拘束を振り払い手を伸ばしました。
 誰か助けて!





 もぞもぞと鼻の下に感じた歯がゆさに私は目を開いた。目にうつったのは金色に透ける髪の毛と整った綺麗な顔である。
「会長、何やってるんですか! ってかどいてくださいよ!」
 そこには片手にねこじゃらしを持った桂木が私に覆いかぶさり、鼻の下をくすぐっていたのだ。桂木は嫌がる私が面白かったのか、余計に体重をかけてきた。
「うなされているお前を起こしてやったんだ。感謝しろ!」
「もっと普通の起こし方あるでしょうよ! だから顔! 顔が近いんですってば!」
 私は真っ赤になりながら喚いた。この体勢もアレだったし、それ以上に重くて潰されてしまいそうだ!
 どうやら自分は中庭で寝入ってしまったらしい。眠りに落ちる前に読んでいた本のせいで変な夢を見てしまったのだろうかと思う。それと最後のほうはたぶん桂木のせいである。
「――いい加減離してくださいませんか」
 ぎゃーぎゃーやっていた私に、温度の低ーい、感情を押し殺したような声が聞こえた。ぎょっとして視線をはしらせてみえれば、私の手はしっかりと誰かの足を捕まえていた。
 見上げなくても解る。細い足から上に視線を走らせれば、不機嫌そうな彼の顔。私ががしりと捕まえていたのは峰藤浩輝の足首だったわけである。
「ぎゃあーーーー!」
 反射的に手を離し、私の顔が恐怖で引き攣った。なんて物に助けを求めていたのだろうか。溺れるものはわらをも掴むというが、もうちょっと選ぼうよ自分! と思ったのも後の祭りである。
 峰藤はじたばたしている私を見下すと、桂木に呆れの入った言葉をかけた。
「――桂木、下らない事してないで行きますよ。結城さんが待っています」
「む、つまらないな」
 渋々といった感じだったが、ようやく桂木は私から体をどかし、私の体を引っ張りあげる。そして、草だらけだな、と笑いながらぐしゃぐしゃと私の頭をかき回した。少なくとも乱れに乱れた髪形よりは草にまみれているほうがましだったと思う。
「おい、2C、何をしているんだ。行くぞ」
 ぼんやりと立ち尽くしていた私に、桂木が声をかける。どこへ? と首を傾げて見せると、峰藤が言葉を返した。
「結城さんからのお誘いです。貴方も連れてくるようにと。来ないのであれば置いていきますが」
「行きますっ! 誰も行かないなんていってません!」
 飛び跳ねるように私は二人を追っかけた。
 ――相変わらず峰藤は嫌なやつだ! と思いながら。


 彼等の後ろで、草むらから飛び出した白い兎が慌てて駆けていったのはちょっとした余談である。




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