未定




「ハハッ! こんなものか特別者よ!」
 相手は一歩も動くことなく。そして俺はひたすらに動き回る。
 でもこの行動は当たり前のこと。相手は動く理由が無く、俺にはあるだけってこと。その理由も至極簡単。動かなくなったら痛い思いをするからだ。最悪死に繋がるかもしれない。そんな状況で呑気に突っ立ってるヤツはいるだろうか? いや、いない!
 動き回るっていうよりも逃げ回りながらも俺は考えを止めない。俺が唯一対抗できる手段が作戦を練ることだからだ。
 なぜ、みんなは炎を出したり風を巻き起こしたり、生き物を自由自在に操作できるか、ってのは疑問には思わないことにする。ただそれがこいつらにとって当たり前のこと、常識だって思いこむだけで解決する。まぁ俺はそんなことができないっていうのも当たり前だが知っている。だから悠長には構えていられないわけだが。それでも調子に乗ってこの状況になるまで頑張ってしまったのがいけないんだろう。

『自ずから普通でいられること。それこそが特別』

 まったく。この言葉を聞いて浮かれてしまった過去の自分に、思いっきりリバーブロウを叩き込んだ後にガゼルパンチで拾って、最後はデンプシーロールでボコボコにしてやりたい気分だ。まぁそれはあくまで気分。実際痛い思いをとことん嫌う俺だから絶対やらないだろう。殴るのも痛いしな。

 いや待てよ。
 こんなことやってる最中に思うのは変だけどなんで俺はこんなことやってるんだ?

 いやいや待て待て。
 それ以上になんで俺は変な特技を持ってるのが普通として考えられるような世界で突っ立ってるんだ?
 ────いやホントなんでだっけ?





 青い空。白い雲。
 退屈な授業。おもしろい授業。
 いつもの友達。バカな友達。
 ────満ち足りた学校生活。
 
 周りは自分と同じフツウの人間。そうわかっていても『自分』を出そうと必至に必至に頑張ってる。学校は学校で軍隊みたいにたくさんの生徒に同じコトをやらせてくるのに、
「個性を持て」
 と先生様は言ってくる。お前ら先生なんだろ? この矛盾気付けよ! とは言えないフツウな俺。そんな不満を抱えていても学校は来ちまうもので、なんだかんだ言ってもおもしろいところなわけで。いやぁ世の中不思議でいっぱいだな。

「なぁ政司。今からカラオケ行くでお前もこいよな」
「あぁ? 友則は昨日6時間も叫んだらしいやないか。なんで今日もやねん」
「カラオケは俺のライフラインや。電気水道ガスカラオケゆうてね」
「アホか! まぁ俺は昨日行ってへんから行くのはかまわんけどな」
 よっしゃ! という掛け声と共に軽くハイタッチ。そのまま友則は俺を置いて新たな被害……もとい参加者を探しに教室を駆け回る。それはなんていうか犬のようでもあり死神のようでもあり。この表現の意味は大体わかるだろう。一応俺も友則を友達と認識しているから深くは言えないが、歌うのが好きだからといっても歌唱力があるとはいえない、ということだけはいっておこうか。
 そんなヤツでもクラスの人気者にはなれる。むしろそんなヤツだからこそ人気者になれる。明るくて、運動ができて、バカで、人を傷つけたりするけどそれ以上に人に優しくなれるヤツ。それが友則。
 それに比べて俺は何だ? 決して明るいほうじゃないし、バカではないけど賢いとはいえない。運動こそ人よりできるとは思っているけど、その力を発揮しようとしない怠け者。おまけに人に傷をつけたりしないけど優しくもしない。あらためて考えると俺って結構人間できてないな。
 けれども友則みたいな友達はいるし、こんな自分を嫌ってもいない。まぁ俺みたいな男がいるから、友則みたいな人気者っていう特別な人が生まれるわけで。
みんなが人気者っていうのはありえないからな。
 こういう考えで十分自分を納得させられる。そんな自分も好きなわけで。事を荒立てず、難しく追求することなく、のほほんと平穏に暮らすことができたら俺は万々歳なのだ。


「よっし! そんじゃまカラオケ部隊出動や!」
 どうやらそれなりの人数が揃ったらしく、友則と他数名でそのままカラオケに行くことになった。みんなでわいわいしながらどこかに遊びに行くっていうのがおもしろいのか、みんなにこにこしている。俺は無感動な人間ではないと思っているけど、今現在笑えてはいないと思う。そりゃあ空気を汚さないために笑顔ではいる。けれど……いわゆる目が死んでるっていう表現なのかな? 心からは笑っていないと自分で感じる。

 けどそれは行くまでの話。俺だって年頃の男。やんちゃするのは好きなんだ。
「っしゃあ! 次誰や?」
「おぉ! 政司かぁ! 一発かましたれぇ!」
「がんばれ四つ目!」
「てめえらじゃかあしい! 俺様の美声に酔い乱れぃ!」
 いわゆるお祭りモード。盛り上がったら男だろうが女だろうが関係ない。くだらないダジャレに思いっきり笑ったり、キツい暴言を吐かれても笑って流せたり、耳が腐りそうな甘い言葉にもキャーキャー言える。いろいろ自分は冷めてて可愛くない人間じゃないかと思うときは多々あるけど、こういう自分がちゃんといるっていうことで結構俺は救われてるんじゃないのかな?

「いぇ−い! 81点もろた!」
「引っ込め四つ目!」
「男なら点数とちゃうやろがこのアホゥ!」
「じゃあウチは93点出したるわ!」
「うっわ、中途半端! 満点て言えんのかい!」
 もう部屋はごっちゃごちゃ。けれど心地よい。
 罵詈雑言の数々に酔いしれながらもマイクを亜矢に渡す。この亜矢って女子は特に昔から知っているわけではないが、友則繋がりでしゃべったことがある程度っていうだけの存在。そんな関係だけれどこんな時は関係なく罵り合える。なんて不思議な空間なんだろうか。
 ちなみに四つ目というのは、たまに使われる俺のあだ名。なぜたまにしか使われないかというと、俺があまり好きではないため。なぜかというと身体的特徴からつけられたものだからだ。
 俺は小学校の頃から眼鏡をしている。生まれつき視力が極端に悪かったせいで、小学生という身分で眼鏡というアイテムを装備することになった。そのためかかなりいじられやすかったみたいだ。
 そんでもってあだ名の由来。自分の顔に対して極端に小さいレンズの眼鏡のため、眼鏡越しに見える目と実際にフレームからはみ出ている部分の目がはっきり分かれていて、いわゆる四つも目があるように見えたらしい。小学生らしい安直な表現だ。
 それで俺が嫌っているのを知っている古い友達が、俺を傷つけない頻度で使用する。だから「たまに」なのだ。

「あかんわーこれ採点機壊れてるわ。65点てありえへん!」
「いやいや過大評価してるわ。客に帰られたら困るでなぁ」
「よっしゃ! 次は俺の出番や!」
「ぎゃー! 友則の番や! みんな死んだフリせい!」
「アホか! そりゃクマんときや!」
 実際クマは死んでる生物も食べるから意味無いよ、とはツッコこまない俺。こういうときはこういうことを言っちゃだめなんだ。たしかたぶんだけどね。とにかく楽しいからいいんだ。今を大事に考えるっていうと堅苦しいけど今だけで十分だろ? 俺はまだまだガキなんだからさ。


 学校が終わってからかれこれ5時間。学校が終わった時は明るかったのに、店を出たときにはもう真っ暗になっていた。よく考えると5時間て長いんだな。時計の針が半周しそうになるくらいだもんな。でもこの長い間の半分以上歌い続けた友則の声が枯れていないのはなんでだ?
「そんじゃま今日は解散にすっか」
「おつかれ〜」
「まったあしたぁ」
 自然と広がるさよならの雰囲気。まぁ暗いし当たり前といえば当たり前なのだが。当然みんなが帰るから俺も帰る。店から帰るには電車を使う必要があったから駅に向かうことになった。
「おぅ、政司も電車組か。そんじゃ行きますか」
 そう友則は言いながら駅の方に歩いていった。その近くにはあの亜矢も一緒だった。まぁ電車組っていうくらいなんだから友則一人だとは思わなかったけどな。
 それから駅に着くまでたわいもない話をした。と、いっても所詮は学生。学校の話が大半で、残りがテレビの話やマンガの話だったんだけども。
「んじゃな。また明日学校で」
「じゃあね」
「ばいび〜」
 駅に着いたら友則だけ別の電車に。なにやら友則は俺の行く方向とは逆なようで、そのまま駅で別れることになった。
 つまり俺は亜矢と一緒になることになってしまった。
 非常に気まずい、とまでは言わないが俺も一応男子高校生。亜矢は男子がカラオケに誘うような女子だ。つまり不細工というわけではない。なんていうかちゃんと人に好かれるオーラってのを持ってる子だ。そんな子と二人っきりなら緊張してもかしくはないだろう。おまけにあんまり喋ったことがないからなおさらだ。
「じゃあいこか」
「うん」
 その言葉を最後に、電車に乗るまでは携帯を触ったり、時間を見たり、携帯を触ったり、携帯を触ったりした。もうなんていうか携帯しか触れないような感じだった。
 でもそれも電車に乗るまでの話。亜矢がこの電車に乗ろうと言ってからは話が別だ。

────本当に話が別だった。嘘みたいに。

「やっとふたりっきりになれた」
 この言葉がどれだけ別次元のモノだったかはいうまでもない。
 そもそも今時こんなセリフを言えるって時点で別次元なのかもしれない。
「な、なんや急に気色悪い」
「そうね、それじゃあそういうのはなしにする」
 いわゆる逆走した俺の言葉をしっかり受け止める亜矢。これはこれでなんか寂しいものがあるわけで。
「単刀直入に言うね。こっちの世界につれていくわ」
「はい?」
 それも当然。俺はまだまだ死にたくはない。
 いやまて早まるな。別に亜矢が幽霊だからとかそう思ってるわけじゃなくて、こっちとか言われてもさっぱりわからないわけで。つまりはそういうことでして。
「今政司がAという世界にいるならBという世界につれていくってこと」
「な〜るほど。納得したわ。っなワケあるか!」
 つい大声を出してしまった。まわりのおっちゃんやおばちゃんが睨んできそうで怖い。……と思ったらこの車両には誰も乗っていなかった。そういえば二人っきりっていってたっけ。
 いやこの車両だけじゃない。この電車には誰も乗っていない。3両っていう短い電車だったからわかったのだが、乗客はおろか、車掌も見当たらない。耳に聞こえるのは亜矢の声と自分の声だけ。絶対するはずの電車のガタンゴトンという音すらなかった。
「突然すぎて状況分かってないだろうから寝てしまう前に少しだけ説明するね。今までいた世界風に説明すると、これからの世界は魔法みたいなのが普通に遣われる世界。でも人間はちゃんといるし、社会もある。その人間っていうのもさっきまでカラオケで遊んでいた人たちも含めて。少し違うのは性格や、普通に使えるとされている魔法が遣えることくらいね」
「ホンマにぶっ飛びすぎや。全くわから…な……」
「もう意識がなくなりはじめてるの?」
 なんだよ意識がなくなるって。でもそれも間違っちゃいないな。これは眠いって言うよりも動けなくなるって感じだ。
「そうねぇ。分かりやすくいうとパラレルワールドみたいな? でも政司はこっちの世界になぜかいないのよ。だから──はこっちの──」
 次第に音も聞こえなくなってきた。俺の意識もぶっ飛ぶ寸前ってことなのかもしれない。

 とにかくなんだ? 俺はこのくそったれに拉致監禁されて連れ去られるわけだ。なんてみっともないんだ俺は。っていうかその話をすぐ信じる俺もなんなんだ? あ、こう思ってる時点で信じてないのか? あ〜もう! どっちだっていい!

 薄れていく意識の中とりあえず今わかること。
 どうやら本当に別次元なのはこれからみたいだ。

《続》


表紙 - 次項

作者/エムダヴォ