哀しみの先の幸せを




「……紫香楽、これからどうするんだ?」
 Privateルームの前。鍵を探して鞄の中を引っ掻き回している紫香楽に向かって、僕は落胆した声で問いかけた。
 結局、彼女には逃げられてしまった。……自分でも仕方ないと思う。あれは怪しすぎた。いきなり男二人に囲まれたら、僕が彼女の立場でも逃げ出すだろう。
「どうするって、和田さんに会うしかないッスね……あった!」
 キラッ 奴の手の中で光る、銀色の鍵。紫香楽は俺の質問に半分答えつつ、ほとんど無視して鍵を開けた。床と壁だけの小さな空間が目の前に……
「大槻先輩、やること遅いッスよ」
 どんっ
「うわっ」
 またかよっ!
 突き飛ばされた瞬間、目の前が真っ暗になった―――





「いやぁ……彼女が和田さんを知らないっていうのは計算外だったッスよ。和田さんの言い方だと、まさか『She』だとは思いませんよねぇ?」
「まぁな。お前が僕の背中を押すなんてことも計算外だったけどな」
「男は小さいことは気にしないもんスよ」
 するすると人や障害物を透り抜けながら、紫香楽はどんどん進んでいく。佐川さんに例の眼鏡をもらい、僕たちは4番ホームに向かっていた。パントマイム幽霊、和田がいるホームだ。
 それにしても、計算外だった。何故、彼女は和田のことを知らないのだろう。生きているうちに出会っていたと思っていたけど……まさか幽霊になってから好きになったとか? いや、まさかな。それこそ人間くさい。そういう点から見れば、和田らしいと言えなくもなかったが。

「和田さ……」
 4番ホームにたどり着き、紫香楽が和田に声をかけようとした。が、紫香楽は途中で言葉を切った。
「おい、どうしたんだ?」
「先輩、あの娘ッスよ! 和田さん、彼女を見てます」
 紫香楽の目線の先―――4両目の後ろのドアが止まるであろう点字ブロックの上に、彼女が立っていた。顔を上げて、まっすぐ前を見据えている。
 そしてその上空……彼女の斜め前に、和田が浮いていた。
 僕をからかう時や紫香楽と話をしている時のような、おどけた表情ではない。とても穏やかな表情で、和田は彼女を見ていた。彼女を見つめるその瞳は恋をしている目ではなく……何と言ったらいいのか、『恋』という浮ついた感情を通り過ぎた、どちらかというと『愛』と名づけるほうが適切であろう感情が、そこに読み取れた。
 和田は、本当に彼女のことを大切に想っているんだろう。僕にあの瞳は出来ない。今和田が感じている感情を、僕は知らないから。いや別に、今まで生きてきた中で大事に想う女性がいなかったわけじゃない。ただ、彼のように誰かを想うことはなかっただけで。それに……あの瞳は和田だからこそ出来る目なんじゃないかと僕は思う。純粋に、誰かを想う―――あの和田だからこそ、心に抱き得る感情なんじゃないだろうか。

「まもなく、4番ホームに列車が参ります。黄色い線より下がってお待ちください」
 ホームにアナウンスが響き、風を切る音とともに列車が舞い込んでくる。
 プシュウー
 開いたドアから彼女は電車に乗り込んでいく。当たり前だが、和田には全く気付かずに。和田や僕の気持ちなども知らず、彼女は静かに、この駅を去っていった。

「和田さん」
 ちわッス 列車が見えなくなってから、何事もなかったかのように紫香楽が和田に話しかけた。
「え? あぁ、紫香楽。大槻さんも。あんたたち、いつからいたの?」
「今来たとこッスよ」
 さらっと嘘をつく紫香楽。……僕には出来ない芸当だ。ポーカーフェイスという単語からは程遠い僕だから、ボロが出ないように黙って近づいていった。
「さっき例の彼女に会ってきたんスけど……もしかして和田さん、彼女と面識がないなんていうこと、ないッスよね?」
 未だ上空に浮いている和田に向かって、おそるおそる紫香楽が尋ねた。すると和田は、きょとんとした顔をして――
「あぁ、そりゃねぇよ」
「は?」
 とんでもない反応を返してきた。なんだって?
「面識、なかったのか?」
「あぁ。彼女が俺のこと知ってるわけねぇよ。だって俺、生きてるうちにあの娘に会ったことねぇもん」
「ぇ………えぇっ?」
い、生きてるうちに会ったことがない、だって? じゃあ、本当に……死んでから惚れたっていうのか!?
「じゃ、じゃあ何で和田さんは彼女のこと知ってるんスか?」
「さぁ、何でだろ? 気付いたらいつも彼女が視界にいたから……そんなこと、考えたこともなかったよ」
 にへら 和田は混乱してる僕たちの前で、なんとも人間くさい表情で笑った。
「……紫香楽?」
「…これはちょっとまずいッスね。生前に未練を遺していたなら未だしも、こんなケースは扱ったことがないッスよ」
 どうやら、僕だけでなく紫香楽もお手上げのようだ。
「あっ!」
そこで紫香楽がまた大声を出した。
「なんだよ、お前はいつも突然!」
「和田さん、俺達肝心なこと聞き忘れてました。彼女の名前、ご存知ないっスか?」
「あぁ、そうそう名前!」
 忘れるところだった。もし、彼女とセカンドコンタクトが取れた時、名前がわからないというんじゃ話にならない。また警戒されて、逃げられるのがオチだ。
「名前? あぁ、名前ねぇ…」
 和田が控目に首を傾げる……なんだか、雲行きが妖しいんじゃないか?
「…もしかして?」
「悪い、俺も名前知らねぇんだ」
 ポリ 申し訳なさそうに和田は頭を掻いた。
…この時点で僕は、和田のことを幽霊だとは思えなくなっていた。こいつは普通の人間だ。
「……仕方ないッスね。俺達一度戻って調べ直してきますよ」
「悪いな。俺のせいでなんか大変なことになっちまって」
「和田さんが気にすることないッス。俺達も善意でやってるんスから。ね、大槻先輩」
「あぁ。君を成仏させるために頑張るって約束したからには、中途半端なことは出来ないからな」
「ははっ、やっぱお前らいい奴だよ。ありがとう」
 和田の笑顔を背に受けて、僕たちは『この世』に戻った。



「佐川さん、ちょっと本部に連絡とってもらえませんか?」
 『この世』に戻ってから、僕たちは佐川さんのもとに来ていた。
 『どうして佐川さんに?』と僕が聞いたら、紫香楽はいつもの調子で『佐川さんに調べてもらうんスよ』と意味不明の答えを返してきた。だから何をだよ、何を!
「パントマイムの彼、なかなか手こずってるのね。」
「うーん……成仏の鍵を握ってる女の子がいるんスけど、どうも彼をその彼女とのつながりが謎なんスよ。生前に面識がないとか……」
「それは……そうね、本部に調べてもらうことにするわ」
「それから和田さん……じゃなくて、あのパントマイムの彼がいつ死亡したのかも調べてもらえませんか?」
「あ、そういうことは……」
「えぇ、わかってます。あくまでわかる範囲でいいんで。ちょっと気になることがあって」
「……わかったわ。大槻さんも、一番初めからこんな難しいケースが当たっちゃって……大変だったわね」
「あ、いえ。幽霊にもいい奴がいるってわかったんで、よかったですよ」
「そう言ってもらえて嬉しいわ。」
 僕の言葉に、佐川さんは笑顔で答えてくれた。あぁ……癒されるなぁ。
「じゃあこちらで調べておきますから。今日は上がってください」
「佐川さん、ありがとうございまッス。じゃ、大槻先輩行きましょうか」
「は? どこへだよ?」
「呑みいきましょうよ。これからのことも話したいし」
 ぐいっ
「って、おいっコラお前っ……手を離せ、手を〜〜〜っ!!!」
「佐川さん、失礼しまーッス」
 僕は紫香楽に引き摺られながら、佐川さんのもとを後にした。

「僕、がぁっ! 自分で歩けるってこと忘れるなぁ!!!」





「かんぱぁいっ」
 カァン
 ジョッキが小気味よい音をたてる。僕はビール、紫香楽は桃サワー。紫香楽はくぅっと喉を鳴らし、『仕事上がりの一杯は最高ッスね!』とか何とか叫んでいる。……こいつ、まだ未成年のくせに。なんでこんな呑み慣れた親父が言うような台詞を吐いてるんだ?
「なぁ、紫香楽」
「ん? なんスかしぇんぷぁい」
 さっきもファミレスであれほど食べたのに、紫香楽はまだ胃に詰め込もうとしている。今は春巻で口の中が一杯だ。
「どう考えても、例の仕事……今日中には終わらないよな?」
「あぁ…そうッスね」
「じゃあ、一日体験の一万ってのはどうなるんだ?」
「んぐんぐ…プハッ! 先輩、んなこと気にしてたんスか」
「お前が散々食い散らかした、今日のファミレス代が心配でな」
「あぁ、ごちそうさまッス!」
「ごちそうさまじゃねぇよ!……まぁ、それはいいとして」
 コンッ
「……和田は、どうして成仏できないんだ?」
 ジョッキを置いて、紫香楽を見据えた。
「そうなんスよね……幽霊って言うのは何かしら『この世』に留まり続ける理由ってのを持ってるのが普通なんスよ。でも和田さんにはそれがない。それどころか、いつどこで死んだかもわからないなんて…はっきりいってこんな複雑な幽霊、相手にしたくないんスけどねぇ」
 紫香楽は溜め息をつきながら、いつの間にか頼んでいた梅酒に口をつけた。
「そんなはっきり言わなくても……」
「いや、でもその『複雑な幽霊』っていうのが、今回は和田さんッスから。俺、和田さんのことほんとに救ってやりたいんスよ。あんないい人、いつまでも『その世』に留まらせておくわけにはいかないッス」
 真剣な言葉に似つかわしくなく、紫香楽は焼売を頬張った。でも、これがこいつなりの本気なのかもしれない。いつもふざけているように見えて、やることはきちんとやっている。……この一日で、紫香楽に対する見解が随分良くなったような気がするな。

「ところで、本部からは……」


チャーラーラーチャーララッ♪


 びくっ
 紫香楽が何かを言いかけたその時、突然ケータイの着信音が鳴った。『キモカワイイ』と言われるカブリモノ男女のプロモが頭に浮かんだ。
「あ、佐川さんからだ」
「えっ!? な、なんでお前が彼女の番号知って…!」
「もしもし? どうしたの、しご……え? 和田さんが?」
 ぴく
 なんだって? 和田が?
「うん、うん…え? あぁ、もちろんそれはわかってるよ。……あぁ、そりゃヤバイな。わかった、今から行くよ」
 なんでこいつが佐川さんとこんなに親しそうに話なんてしてるんだ。そのこともかなり、紫香楽に食って掛かりそうなくらい気になったが、今はそれどころではない。会話の内容を推測すると、どうやら和田に何かあったようだ。……幽霊の和田に何があったと言うのだろう。
「大槻先輩、俺先に行きますね!」
「はっ!? え、ちょっとお前……!」
 机の端に黒く煌く伝票。お会計2625円也。
「ふざけんな……!」





「紫香楽君っ」
「香苗っ」
 香苗だと? ……いや真人。ここはいちいち突っ込んでる場合ではない。
「佐川さん、和田に何があったんですか?」
「大槻さん……事故があったんです」
「もしかして…人身事故ですか?」
「……えぇ。でも、」
「今は説明してる暇なんてありませんっ! 先輩、行きますよ!」
「あ、おい待てよっ」
 そういったかと思うと、紫香楽は走り出した。ダッシュで駅の階段を上がっていく。
「大槻先輩! 急いで!」
 振り返りもせずに、紫香楽が叫ぶ。
「わっわかってるけどっ」

 一体、何がどうなってるって言うんだ!?

 はぁっはぁっはぁっ
 僕が勤務している駅は、ホームに出るまでに階段を3つほど上り下りしなければならない。僕が息を切らせて階段を上りきると、目の前に―――え?


 な、なんだあれ……!


 4番ホームの奥のほう。何かが青白く光っている。そして、その光の前に人影が二人。紫香楽は改札を飛び越え、その光に向かって走っていく。……僕も行かなきゃ!

「……和田さん」
 紫香楽に追いつく頃には、青白い光の正体はわかっていた。グリーンのニット帽の男――和田だった。
「紫香楽……大槻さん。俺、やっと思い出したよ。」
「え?」
「やっぱり……そうでしたか」
 紫香楽が一人納得したように、和田を見上げる。やっぱりって、一体何なんだ? そこにいる人間で、僕だけが意味をわかっていなかった。
……否。僕がここに着いたときに見えた、二人の人影も……何が起こっているのか、わけがわかっていない様子だった。
 そして、その二人のうちの一人が……美大生で和田が片思いをしている、あの彼女だった。

「これで二回目だな、美咲」
 え?
 和田が、彼女ではなく彼女の隣に立っている女性に話しかけた。40手前の可愛らしい女の人で……目元といい、顔の輪郭といい、彼女に似ていた。
「……お母さん?」
 『お母さん』? ……ということは、『美咲』と呼ばれた女性は、美大生の母親? だけど、どうして和田が、名前を知って……
「直哉……? 直哉さんなの…?」
「普通、線路に落ちるなんてことは一生にあるかないかのことなのに……悪運が強いところは変わってないんだな」
「ほんとに……? ほんとに直哉さんなの?!」
 な、なんだなんだ??? 一体目の前で何が起こっているっていうんだ? 紫香楽だけがわけのわかった顔をしている。誰か僕に説明してくれ! 何がどうなってるんだ!?

「和田さん。大槻さんとこの彼女に、事情を説明してやってくれませんか?」
 そこで紫香楽が声をかけた。和田は女性から視線を逸らし、僕を見た。
「あぁ……わりぃわりぃ。紫香楽もそうだけど、大槻さんも何も知らねぇんだもんな」
 へへっ、と和田が笑う。
 そこから、和田の話が始まった。

「俺、実はつい最近幽霊になったんじゃねぇんだ。死んだのは今から19年前……美咲が、その子を身ごもってる時だったよ」
 目を細めて、昔を回想しながら和田は続けた。
「美咲とは結婚してまだ2ヶ月だったかなぁ……俺も美咲もまだ学生だったけど、所謂できちゃった婚ってやつでさ。俺は美咲と結婚するつもりでいたから、むしろその時期が早まって嬉しかったんだけど」
 恥ずかしそうに、和田は笑う。
「毎朝一緒に家を出て、一緒に大学に通う。何もない毎日だったけど、本当に幸せな毎日だったよ。」
 和田は本当に幸せな顔で、昔を回想していく。その場にいる三人は、まっすぐ和田を見上げて話を聞いていた。唯一美咲さんだけが、小さく肩を震わせて……俯いていた。
「でも、その毎日は長くは続かなかった。ある秋の日……俺がいつものように美咲を迎えに行って、電車で大学に向かうためにホームで電車を待っていたときだった。美咲がホームから……転落したんだ。俺は何も考えずに美咲の後を追って飛び込んだ。美咲をホームの下の安全な場所に移して―――それから先は、もう記憶がないんだ」
 そこまで言ったところで、和田は苦笑いをした。

「だけど、俺は気がかりだったんだろうなぁ……俺たちの、子供のことが。俺は電車に轢かれて死んだからか、駅から離れることは出来なかったけど……地縛する駅を変えながら、いつも同じ女の子を見てたよ。……君だ」
「……あた、し?」
「あぁ。名前、聞かせてくれないか?」
「………美幸、よ」
「みゆき、か。いい名前だ。それにしても、俺はどうして気付けなかったんだろうなぁ……若い頃の美咲にそっくりなのに。自分の娘に惚れるなんて。もう一度、美咲に恋したみたいだよ」
 頬を赤らめて、和田は笑う。その顔を見て、美咲さんは大粒の涙を流した。こみ上げてくる感情に、言葉が追いつかないんだろう。
「なお……」
 美咲さんが何かを言いかけたその時―――


「もうやめてっ」


 びくっ
 美幸さんが、和田に向かって叫んだ。
「あなたが、私のお父さんだって? 今更……今更出てきたってもう遅いのよ! あなたがいなかったせいで、お母さんは本当に苦労したのよ!? 先立ったあなたなんかには絶対わからないだろうけど……ほんとに大変だったんだから!……それなのに、今更出てこないでよ! 何が、『自分の娘に恋した』、よ! ふざけるのも……いいかげんにしてよぉっ」
 錯乱した様子で、美幸さんが叫ぶ。
「あ、あの、美幸さ……」
「大槻さん、いいんだ」
 和田は僕を遮り、一歩彼女のほうへ歩み出た。
「美幸、そして美咲……ほんとに、ごめんな。俺が今も生きてたら、きっとお前達が味わってきた苦労は味わわなくて済んだんだろうな。ほんとに……ごめん。こんなこと言ったって何が変わるわけでもないし、結局は自己満足でしかないけど……」

「美幸が元気そうで良かったよ。やっと、俺の娘に会えた」

 スゥ――
「えっ、ちょっと、まっ……!」
「もう満足だよ。ちゃんと娘に会えたしな。これからは俺の事なんか忘れて、自分の事だけ考えて幸せになってくれ」
「直哉さん……本当に、さよなら」
 美咲さんの瞳が、涙で揺れる。そう言っている間にも、和田の姿はどんどん薄れていく。
「美幸、お母さんを大事にな」
「待ってよ、お父さん……っ!!!」


―――――パチン


「おとう、さん………」
 そうして、静かに和田は消えた。





「大槻先輩、お疲れ様ッス」
「あぁ……ほんとにな」
 あれから一週間。俺はあの日の分の給料を、紫香楽の手から受け取っていた。
 和田が消えても、何も変わったものはなかった。今日もいつもと同じように列車は走るし、美幸さんも毎日この駅から大学に向けて通学していく。そして、紫香楽の態度も。
「それにしても、なんであの時お前は事情を知ってたんだ?」
「え? それは……企業秘密ッス」
「な、なんだそれっ」
「まぁまぁ、いいじゃないッスか……それにしても、和田さんっていいですよねぇ。俺も自分の娘に恋してみたいッスよ」
 けらけら 紫香楽が笑う。こいつ、和田のことなんとも思ってないんじゃないのか?
「まだまだお前には10年早いよ。子供どころか、結婚だってできやしないくせに」
「あ、俺今度結婚するんですよ」
「……紫香楽、その冗談にはさすがの僕も反応しないぞ?」
「いや、冗談じゃないッスよ? 相手は先輩も良く知ってる人ッス」
「僕も良く知ってる……?」
「佐川さんですよ」
「………はぁぁあああ!?」
 ななな、なんでお前が佐川さんと?!
「俺たちもう付き合って2年になるんですけど、こないだやっと香苗がプロポーズ受けてくれて」
「ちょ、ちょっと待てよ! お前ら苗字で呼び合ってるくせに…!」
「それは、香苗が職場では下の名前で呼ぶなっていうから」
 サァァ 顔面蒼白になっていく。なんだって……? あの、佐川さんと、この紫香楽が?
「式には出てくださいね?」
「誰が出るかコノヤロウッ」
『俺も出ていい?』
 その時、上空から声がした。……へ? この声は……
「和田!? 成仏したんじゃなかったのかよ!」
『俺もそのつもりだったんだけどさ、やっぱ未練が……美幸が大学を卒業するまで、いいだろ? それに美幸も何か言いたそうだったしさ。もう一回【お父さん】って聞きたくない?』
 にかっ 人懐こい笑顔を見せる和田。
「そんな笑顔にだまされるかっ! 紫香楽、正社員呼んで来い!」
「いいじゃないスか。じゃ、結婚式は駅にしましょうか?」
「そんな馬鹿なっっ!!!」


 生意気な後輩と、パントマイム幽霊。
僕がこいつらから解放される日は、やってくるんだろうか……?

《了》


表紙 - 前項

作者/ ことは