消えた影、揺れる陰、そして




「あっ」

 むぐっ
 慌てて口を塞いだ。

 コグレって、近藤っていうんだ!

 ……でも、コグレの本名がわかったっていうのに、どうしてあたしは口を塞がなくちゃいけないの? むしろ、喜ばしいことなのに。コグレ本人を知ってる人なら、もしかしたらあいつの眼鏡を持ってるかもしれない。そして、コグレに眼鏡を掛けさせてやれるかもしれない。そう、あの美顔に至高のアイテムが加わった、最高級の姿を拝めるかもしれないのに。
 それは……私の本能が、『なんかヤバイ』と叫んでいたからだ。目の前の彼は、どこかおかしい。何がおかしいって、はっきり言えないけど……何かおかしいのよ! 私が観察した彼と違う!

「やっぱり、近藤さんを知ってるんだね。」
「えっ!? や、やだなぁ、私そんな人知りませんよ? 『こ』つながりで、『コグレ』なら知ってますけど!」
 その『コグレ』は、生前『近藤さん』だったわけだけど。
 私は全身から汗が噴出してくるのがわかるくらいに、焦っていた。早く、この人の側から離れたい! 何かがヤバイ!
 もう、コグレのやつ! どこ行ったのよあの根性なしっ! いざという時にいなくなるんだから! この役立たず!
「じゃあ、どうしてさっき…声上げたの?」
 すっ
 ビクッ
 ごく自然に、手を握られる。
「あっあのっ、わ、私もう帰らないとっ! すいませんっ、失礼しますっ」
 バッ
 思い切り手を振り払って、走り出す! おそらく中川先輩が開けたんだろう。開け放たれていた校舎へと続く扉を通って、一目散に屋上から走り去った。


「あーあ、逃げられちゃった。ま、いいや。まだまだこれからだしね」





 はっ、はっ……はぁっ
 ドサッ
 なんとか無事に寮にたどり着いた私は、思い切りベッドに倒れこんだ。
 い、一体……なんだったの? 中川先輩、なんであんなところにいたの?
 ……っていうか。
「コグレはどこに行ったのよぉ!」
『ここにいるだろうが。』
「ヒゃァっ」
 独り言のつもりで叫んだら、突然目の前にコグレが現れた。
『遂には目まで悪くなったのか? この阿呆め』
 相変わらずのムカつく話し方で、ふんぞり返って浮いている。
「何よもう! 驚かさないでよ!」
『俺がどこでどういう風に出現しようと、俺の勝手だろ?』
「うるさいわね! あんたがいない間、私は大変だったのよ! 中川先輩が突然現れて、手ェ握られて!」
『中川って?』
「三年の中川先輩よ。中川圭史郎! あんたの後輩でしょ?」
『中川……中川?』
「あんた化学部だったんでしょ? 中川先輩が言ってたわよ。『傲慢で、女ったらしで、他人をコケにするために生まれてきたような、近藤さん』だって」
『こ……んどう?』
「あ、そうそう! あんたの苗字わかったよ! 『近藤』だって!」
 そう告げた瞬間。


スゥ―――パチン


 え?
 ……は? え、ちょっと、コグレ……
「コグレ……?」
 私がコグレの名前を出した瞬間、あいつは音をたてて……消えてしまった。
 え? な、何? どうなってんの?
「え…ちょっとコグレー? からかってるんじゃないでしょうねー? 突然消えるなんて、意味わかんないんだけど!」
 あいつならやりかねない。『こんなことに引っかかるお前が悪いんだよ』とか何とか言って、私を馬鹿にするに違いない。
 でも、コグレは確かに消えていた。私がいくら呼びかけても、出てこない。
「コグレー? 一体、何がどうなってるのか……誰か説明してよ」
 この日から、コグレは私の前から姿を消した。





 次の日の朝。教室にて。私は佐恵と佑里に囲まれていた。
「千尋ー? どしたの? なんか今日、元気ないけど」
「え……うん、ちょっと眼鏡が」
「は?」
「おおっと、なんでもない」
 『お気に入りの眼鏡君が実はなにやら怪しい人で、一緒にいた幽霊が突然消えました』、なんて……さすがの私も声に出して言えない。
 そんな私を見て、長谷川姉妹は、
「はぁ」
 同時に溜め息をついた。
「なによぅ、その溜め息は!」
「だって……」
「遂に眼鏡男子となにかあった?」
「へ?」
「千尋が元気ないのって珍しすぎるもん。いつもならこの時間は登校してくる眼鏡君ウォッチングのために、教室の窓にへばりついてるっていうのにねー」
「それが今日は真面目に席についてるんだよ? なにかあったって思うよー」
 今日も絶妙に息のあったしゃべり方をする佐恵と佑里。……たまに私が机にへばりついてるだけで、そこまで怪しむことはないでしょキミタチ。
「私にもいろいろあるのよ……今日は眼鏡男子より、考え事の気分なの」
 実際コグレと中川先輩のことで頭がいっぱいだった。至極の時のはずの眼鏡ウォッチングさえ、忘れてしまうくらいだから。
 そう言って溜め息をついたら………

 ぴとっ

 は?
「ちょっ、なっ、なんなのよ二人ともっ!」
 二人が同時に、私のおでこに手を当てた。
 何もそこまで息合わせなくてもいいじゃないのっ!
「熱あるんじゃないの? 千尋がそんな発言するなんて、絶対おかしいよ」
「熱なんてないってば!」
「もしかして……なにか拾って食べた?」
「そんなわけないでしょー!?」
 そんな風にじゃれてる時だった。

「遠坂さん、いるかな?」

 びくっ
 自分が呼ばれる声を、聞いた。あの低くなり過ぎない、ちょうどいい甘い声。昨日あんなところで会わなければ、今でも自分の心の中でひそかにランキング付けしている"眼鏡男子トップ10"に名前を連ねていたであろう、その人物。
 中川圭史郎だった。
「ちょっと、千尋! やっぱり眼鏡男子と何かあったんじゃない!」
「あの人、中川先輩でしょ? すごーい、千尋!」
 長谷川姉妹はそろって小さく歓喜の声を上げる。私はあまり……というか全然嬉しくなかったけど。
「「千尋っ、ほら早く!」」
「え、ちょ……わぁっ!?」
 どんっ
 長谷川姉妹に押されて、教室の入口までやられてしまった。
何するのよっ、あの双子!?私には心の準備ってモノが……
「おはよう、遠坂さん」
「え、あ、お、おはようございます」
 にっこり
 私がとんでもない登場したにもかかわらず、中川先輩はいつもと変わらない笑顔を私に向けた。
 あぁ……昨日の出来事がなければ、この素敵眼鏡男子にときめいていたのに。今日も綺麗にセットされた髪。赤いフレームの眼鏡とよくあっている。顔のパーツも絶妙に配置されていて、コグレほどではないが、この人も所謂『美人』と呼ばれるに値する人物――
「あのさ」
 はっ
 中川先輩の言葉で、我に返る。しまった、つい真剣に観察モードに入ってしまっていた。これも眼鏡好きの血のせいかな……。
「ちょっと、いいかな?」
 すぐ終わるんだけど。いいかなっていうか、いいよね?
 言外にそんな意味を込めて、中川先輩が言う。
え? なんでそれがわかったかって? だって…目がそう言ってるんだもん。
「えっと……あの」
 どうしよう。別に一限が移動だとか、そういうわけじゃないから時間はある。だけど、そういう意味じゃなくて、その……昨日の今日で、この中川先輩にのこのこついて行って大丈夫だろうか?
 危ないという証拠はない。でも、危なくないとも言い切れないよね……。
「あ、あの、一限の予習まだしてないんで…申し訳ないんですけど」
 悩んだ結果、ついてはいかないということに決めた。申し訳なさそうに私がそう言うと、先輩は笑って…
「あ、そうなんだ? じゃあここで済ませちゃうよ」
「え?」


「遠坂さん、僕と付き合ってください」


 ざわっ
「ぇ……えぇっ!?」
 廊下にいた人も、教室の中にいた人も、みんなが同時にこちらに振り向く。皆が一様に、『えぇっ?!』って顔をしていた。口が半開きになった人、口元を抑えて顔を赤らめる人、盛んに囁きあう人。
 でも、誰も私には勝てなかった。開いた口が塞がらない。まさにその言葉がぴったりだった。
 今…なんて言った……?
『遠藤さん、僕と付き合ってください』?
 …………えぇっ!?

 私、先輩に告白されちゃった!!!

「………!」
 パクパク
 私はまるで金魚が呼吸するかのように、口をパクパクさせた。別に金魚の物真似がしたかったわけじゃない。言葉が出なかったんだ。
 なんで? どうして!? なんでそういう流れになるの!?
 「遠坂さん、僕と付き合ってください」「遠坂さん、僕と付き合ってください」「遠坂さん、僕と付き合ってください」………
 ひたすら同じ言葉が頭の中でエンドレスリピートされた。今まで告白された中で、ここまでびっくりしたことってないよ…!
「あ、え……? せ、先輩……?」
 必死になって、何とか紡ぎだした言葉。私はこう言ったつもりだけど、先輩にきちんと届いていたかどうかは全く不明だった。
「昨日の出会いは運命だと思うんだ。会うべくして会ったとしか、僕には思えない。」
 真剣な瞳で、そう言われる。
「あ、あの……」
「あ、返事は一週間後にちょうだい? 今は予習が最優先だしね。化学室で待ってるから、ね。」
 それじゃ、また。
 そして帰り際に……
 チュッ
「!?」
 手の甲に、柔らかい感触。
 先輩はあろうことか……手の甲にキスをして、この場を去っていった。
 その場には、顔を真っ赤にした私と、口をあんぐり開けた聴衆だけが、残された。





「中川? 遠坂には何か手を打ったのか?」
 まだ時計は9時を指してもいない。麗らかな、秋の朝。それなのに、この部屋だけは何故か重い空気が流れていた。
 教頭室。この部屋は本来、応接間と呼ばれる部屋なのだが、僕は勝手にこう呼んでいた。だって、いつ来たってこの部屋は、この豚みたいな教頭がソファーにふんぞり返っているだけだったから。
「当たり前じゃんセンセェ。『善は急げ』っていうでしょ?」
 コレがいいことだとは思わなかったけど。ま、教頭が必死になってるから、僕もやってやろうかなって気持ちになったんだけどね。
「で、進展は? 何故遠坂はあのような行動を続けてるんだ? 本当に私達が持っているあの眼鏡を、探しているというのか?」
「まぁまぁ、落ち着きなよセンセェ。そんなに興奮すると血圧上がっちゃうよ?」
 額から汗を噴き出して、神経質そうな小さな目を僕に向ける教頭。その教頭をなだめるように、僕は言った。
 ……僕、こういう人種って本当に嫌い。だってキモチワルイんだもん。まぁ、利用価値があると思ったから、手を差し伸べたわけだけど。
「まだ遠坂さんからは、何の情報も得てないよ」
「な、なんだと? 手を打ったといったじゃないか!」
「人の話は最後まで聞いたほうがいいと思うけどな」
 ごく控えめに、豚を睨み返す。
「遠坂さんに、『付き合ってください』って言ってきたんだ。朝一番で」
「……は?」
「あれ、聞こえなかったんですか?」
「……私の聞き間違いかもしれないな。えー…つまり君は、遠坂に交際を申し込んだと?」
「うん」
「なっ…!? この間『カワイイ』と言っていたのは本気だったのか?」
 小さな悲鳴をあげる教頭。そんな声出したら、他の先生に怪しまれるじゃん。しかも、僕の台詞の意味もわからないの? ……だから低知能な人間は嫌いなんだよね。
「まさか、本気で付き合いたいなんて思ったわけじゃないよ。確かに彼女は僕のタイプだけどね」
「ならどうしてわざわざ交際を申し込む必要がある?」
「詳しい話を聞きだすためだよ」
「え?」
「昨日の夜、遠坂さんと屋上で会ったんだ。それは話したよね?」
「きっ、聞いてないぞ!」
 ぷぎっ 豚がささやかな抵抗を試みた。
「あれ? 昨日メールで送ったはずだけど。まぁいいや。その時にね、彼女どうも近藤さんのことを知ってるみたいな素振りを見せたんだよ」
「何?」
「相当警戒されちゃって、結局昨日は逃げられちゃったんだけど。だけど一週間後は逃げられないよ。」
「ど、どうしてそんなことが言い切れるんだ?」
 ハンカチをひっきりなしに額の上で往復させながら、教頭が言った。
「彼女は真面目だから僕の告白を無視することはないからだよ。彼女は必ず僕が指定した化学室にやってくる。その時に全部聞き出すよ。わざわざ返事をもらうのを一週間延ばしたのは、彼女らにも時間を与えるためさ。昨日の今日じゃ、何にも準備できないだろうし。ここはフェアに行かなくちゃね」
「やけに自信たっぷりだな。失敗はしないと言い切れるのか? 私にはそうは思えないが」
「………まぁ見ててよ。」
 びくっ 教頭が小さく震える。
 絶対、成功させてみせる。僕を誰だと思ってるんだ?
 僕が本気になって敵わなかったことなんて……ないんだから。





「コグレー? ………なんて。出てこないに決まってるか」
 コグレが消えて、一週間。今日は中川先輩に返事をしに行かなくちゃいけない日だ。
中川先輩は、あれから一度も姿を見せていない。私は逆に……そのことがとても怖かった。
……先輩は、本気で私に交際を申し込んだんだろうか? いや、まさかそんなことは。きっと、いや絶対、コグレ絡みのことに違いない。だってそれ以外に考えられないもの。い、いくら私の、て、手の甲に……き、キスしたからって。あれは社交辞令だ。本気っぽく見せるための演出でしかなかったはず。
おかげで私は大変だったわけだけど。
「「千尋っ」」
 今日も長谷川姉妹が私のところに来た。
「ね、今日でしょ?」
「中川先輩に返事を返す日!」
「あー……うん」
 告白されてから一週間。私は双子の『付き合いなさい』コールを聞き続けた。今日は返事を返す日だから、きっと今まで以上にハイテンションでかかってくるに違いない。
「あれ? やっぱり乗り気じゃないの?」
「中川先輩、眼鏡掛けてるよ?」
 確かに。以前の私ならば即座にOKしただろう。
 だって、相手はあの中川先輩。立派な素敵眼鏡くんだ。条件は満たしてる。
 ……だけど。今回だけは気を許しちゃいけないんだ。私はコグレの眼鏡探しを手伝ってるだけだけど、先輩はなにかそれ以上の秘密を私が持ってると確信している。
 ということは。
 コグレは生前……何かとんでもない秘密を抱えていた、ということになる。
 コグレは一体、何が目的で私に眼鏡探しをさせたんだろう。成仏のため? それとも、もっと違う理由があるの?
 聞きたくても……コグレはあれ以来姿を見せなかった。寮でも、夜の校舎でも、どこであいつの名(あだ名コグレ)を呼びかけても、姿を現さなかった。
どうして……? どうして聞きたいときにいないのよ、あいつは!
「今日の何時に化学室なの?」
「4時ってことになってるけど」
「じゃあもうすぐだね。もう行ったほうがいいんじゃない?」
「そうだよ千尋。」
「……そうだね」
 腕時計を見て確認する。今3時38分。あと20分で、4時だ。化学室まで20分もかかるわけないけれど、遅れるわけには行かないから。
「「千尋、頑張れ!」」
 双子の見事なハモリを背に受けて、私は隣の校舎の科学室へと歩を進めた。

 何を頑張ればいいんだろう? あの二人は、『OKサインを頑張って出して来い』という意味で使ったんだろうけど。
 私は化学室の前で、深呼吸をした。
 すぅ、はぁー
 体の中の空気が入れ替わる。重たかった体が、余計に重くなったように感じた。
 ……よし。コグレがいなくても、告白の返事くらい出来るわ。きちんとお断りすればいい。いつも私がやってきたこと。……今回はかなり口惜しいけど。

 がらっ

 扉を開けた。
「やぁ、遠坂さん。待ってたよ」
 びくっ
 そこには、既に白衣を来た中川先輩が、ビーカー片手にこちらを見て笑っていた。
「あの………えっと」
 私は告白の返事をしに来たんだよな? じゃあ……どうしてここに、こんなにもたくさんの白衣の人がいるんだ?
 ざっと見渡して、10人はいる。その誰もが、同じ眼鏡を掛けていた。黒い縁取りの、セルフレーム眼鏡。レムは滑らかな曲線を描いて、少しつりあがった楕円を描いていた。顔をキリッと見せてくれる眼鏡だ。
 そして、中川先輩もまた。いつもの赤い眼鏡ではなく、白衣軍団と同じ眼鏡を掛けている。
「えっと……失礼しました」
 くるっ
 私は彼らに背を向けた。きっと化学部の部活中なんだ、今は。あのお揃いの眼鏡はきっと目を防御するためのゴーグルみたいなものに違いない。えっと、つまり……時間を間違えたんだな、私は。
「やだな、逃げないでよ」
 がしっ
「ひっ」
 白衣の一人に腕を掴まれる。あまりの強さに反抗できない。
 え、な、なんなの……?
 怖さに、血の気が一気に引いていくのを感じた。
 やっぱり、ここに一人で来たのは間違いだったんだ。明らかにおかしいってわかってたのに、のこのこ一人でやってきた私が馬鹿だった。どうしよう……怖いよ…!
「遠坂さん、この一週間よく考えてくれた? ……返事のこと」
 冷ややかに、中川先輩は言い放つ。
「あ、私……お断りします」
「やだなぁ」
 コンッ
「!」
 先輩が勢いよくビーカーを置く。中の液体が跳ねて、机に散らばった。
 シュウッ
 音をたてて、木が溶けていく……
「そんなこと言ってるわけじゃないってこと、もうわかってるよね?」
 くいっ
 中指で眼鏡を押し上げて。
「近藤先輩のこと、どれくらい知っちゃったわけ?」


『おい中川。お前いい加減その二重人格やめろ』


 びくっ
 その時だった。どこからともなく声がした。
 そして……

「ぅっ、ぅわぁっ!!?」

 ぎょっ
 私の腕を掴んでいた男の体が……浮いた。
 え……?
 化学室内の空気が、固まる。皆の視線が、その浮いた男の下へ集まっていた。
 どうして……「生きた」人間が浮いちゃってるわけ…?
 彼はしばらく宙を漂った後……
 バァンッ
「うわぁぁぁああっ」
 パリ、パリーンッ
 甲高い硝子が割れる音と共に、棚に叩きつけられた。
 ……何? 何なの?この怪奇現象……
 まさか。
「コグレ!?」
『あ? あぁ、お前か。』
 目の前に、コグレが浮かんでいた。うちの高校の制服を着て、いつもどおりの高慢ちきな立ち方で。一週間ぶりに見るコグレが、ここにいた。
 よ、よかった……。私、一人じゃない……コグレがいてくれる……
 へにゃり
『ちょ、おいコラっ』
「ぅわっ」
 ふわっ
 何か見えない力がかかって、私の身体を支えた。今の…コグレが? モノやヒトには触れないって……言ってたはずなのに。
「な、なんだよ、コレ…」
 愕然と中川先輩がつぶやく。
『全部思い出した』
「え?」
 真面目な顔をして、コグレは言う。
『俺の名前も、俺の【眼鏡】がどこにあるかも。……そして』


『中川。お前のこともな』


 そう言ったコグレの横顔。
 それは、『近藤 誉』の横顔だった。

《続》


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作者/ ことは