おねえマン+催眠術師、明らかになる事件の真相




「さぁ、とっとと眼鏡を返しなさい!」
 アキカはきっと鋭い眼差しで目の前の金髪男を睨みつけた。ジョナサンと名乗ったイケメ……胡散臭い外人はへらへらと笑いながら肩をすくめ両手を広げる。
「オー、分カリマシタ! シカシソノ前ニ、コチラノ事情ヲ説明サセテ下サーイ」
「むしろその以前に、その胡散臭い口調を止めてよね」
 アキカは険のある姿勢を隠さないまま、仏頂面で吐き捨てる。その嘘くさい外国訛り聞いていると、だんだん苛々してくるのだ。
 たぶんその感情は、この訳の分からない状況に対する不安と苛立ちも多いに関係しているだろう。
「まぁ、落ち着けって」
 ヒロムが宥めるようにぽんぽんとアキカの肩を叩く。すると叩かれた肩から、ふっと力が抜けた。どうやら思っていた以上に気が高ぶっていたようだ。
「ありがと、ヒロム」
 お陰で少し気持ちが楽になり、アキカはヒロムにお礼を言う。するとヒロムは「いいってことよ」と言わんばかりににかっと笑った。
 それにつられたようにアキカも笑みを浮かべるが、しかしそこでジョナサンはアキカの神経をさらに逆撫ぜするようなことを言った。
「ナルーホド! オジョーサンハワタクシノ口調ガオ嫌イナンデスネ!」
「だからさっきっからそう言っているでしょう!」
「ソシテ、コノ口調ノママデハ話を聞イテイタダケナイノデスネ」
 アキカははっきりとうなずいた。
 もしもこのジョナサンと名乗る金髪男が本当にこんな喋り方しかできないのだったら、アキカだって我慢しただろう。しかし、彼は昨日会ったときにはもっと流暢な日本語を操っていた。
 つまり、これはわざとやっているとしか思えないのだ。
「オー、仕方アリマセンね。話ヲ聞イテモラエナケれバ、ワタクシガ『とーま』ニ叱ラレテシマイマース」
 アキカはジョナサンの口から出たその名前にどきっとする。それは、昨日の携帯のサブディスプレイに出てきた名前に間違いない。
 ジョナサンは持っていた黒鞄を開ける。何とはなしにその鞄の中を覗き込んだアキカは思わず目を見張った。そこには、様々なデザインの眼鏡がこれでもかと言うぐらいに詰め込まれていたのだ。
 ジョナサンはしばらく迷ったように鞄の上で手をさ迷わせていたが、ふと数ある眼鏡のうちのひとつを取り出した。ジョナサンが選んだのは、上半分だけに赤いフレームのついた半円形の眼鏡だった。それはどう見ても女性向けのデザインだ。
「ソレデハー、ワタクシハコレニテ失礼サセテイタダキマース」
 にっこりとアキカたちに笑いかけたかと思うと、ジョナサンは素早くこれまで掛けていた縁なしのシンプルな眼鏡と赤いフレームの半円形の眼鏡を交換した。
 いったい何事かと、アキカは唖然とその様子を見ていた。赤いフレームの眼鏡を掛けたジョナサンはしばらくビデオの停止ボタンを押したように動きを止めていたが、突如くるりとアキカのほうを振り返る。
 そしていきなりくねっとしなを作り、艶然とした笑みを浮かべてウィンクしてきた。
「はぁい、あたしはカレンよ。よ・ろ・し・く」
 そのあまりにもあまりにもな様子にアキカは今にも倒れそうになり、それをヒロムが慌てて支えた。
 トーマにジョナサンにカレンにと、アキカは訳がわからなかった。


「はい、どーぞ。少しは落ち着いたかしら?」
 ベンチに横になり額に濡れたハンカチを乗せたアキカにジョナサン――いや、カレンは自販機に売っていた缶ジュースを差し出してきた。
「あ、ありがとう……」
 身体を起こしたアキカはおずおずとそれを受け取る。渡してきたその手のぴんと立った小指から、アキカは思わず視線を逸らす。
 直視をためらうように口調や身振りではあるが、とりあえず『カレン』は少なくともアキカにとっては『ジョナサン』よりも多少マシなように思えた。
 もっとも間違いなく、『カレン』と『ジョナサン』は同一人物だ。
 なにしろその差は口調と眼鏡だけであり、しかもその眼鏡はアキカとヒロムの目の前で掛けかえられた。一度たりとも二人の前から姿を消してはいないのだ。
 だからこの分では、最初に会った『トーマ』とも同一人物であることは間違いないだろう。
 ただし、それでもその中身はとても同一人物だとは思えない程に違っている。
 気だるげで他人を寄せ付けない雰囲気だった『トーマ』や、ちょっと苛っときてしまうほど能天気で人懐っこい雰囲気だった『ジョナサン』とは打って変わって、『カレン』の言葉や仕種は間違いなく女性のそれだった。
 顔や体型、服装は『トーマ』や『ジョナサン』の時のまま、すなわち男性そのものなのだが、もともとがスタイルの良い見目麗しい男だっただけに生理的嫌悪を呼び起こさせるような不気味さは無い。
 それどころかどこか婀娜っぽい大人の女性の色気がぷんぷんと漂って来る。
 だからこそ余計に、アキカには訳がわからなかった。
「さて、どこから説明したらいいのかしら。ホント、『ジョナサン』ったらなんの説明もしないで人に押し付けるんだもの」
 カレンは人差し指を唇に押し当てて、小首を傾げる。いい歳した男がやるにはだいぶ不気味な仕種なのだが、違和感を覚えさせないのが逆にすごい。
「なぁ、やっぱりあんたと『ジョナサン』は別人なのか?」
 ヒロムが思い切ったようにカレンに尋ねる。そんなヒロムの質問に答えずに、カレンはじっとヒロムを見つめていた。
「ど、どうかしたか……?」
 ヒロムは怯えたように身を竦ませる。カレンは首を振った。
「なんでもないわ……。身体はともかく、中身は間違いなくあたしと『ジョナサン』は別人。あんな鬱陶しい軽薄男とあたしを一緒にしないで欲しいわ」
 カレンは心外だと言わんばかりに、艶めかしく金髪をかき上げる。やっぱりその小指はぴんと立っていた。と言うか、やはりカレンから見てもジョナサンの性格は鬱陶しいらしい。
 アキカは意を決してカレンに訴えた。
「ねぇ、そんなことはどうでもいいから、早くあたしの眼鏡を返してよ」
 そう、いったい目の前の金髪男(いや、今は女かもしれないが)が何者なのかと言うのも気になるが、それ以前にアキカの目的は自分の眼鏡を取り返す事なのだ。何はともあれ、はやく眼鏡を返してもらわなければ。
 しかし、カレンは小さくため息をつくと、申し訳なさそうな表情でアキカに視線を返した。
「残念だけど、それはできないわ」
「どうして!」
 アキカは眦を吊り上げる。
「だって、あたしはあなたの眼鏡を持っていないんですもの」
「ふざけないで。昨日、あなたはあたしの眼鏡を掛けていたじゃない」
 何故かレンズの度数は違っていたけれど、あの眼鏡のフレームを見間違えるはずがない。
「あなたと同じ眼鏡だけど、あなたの眼鏡じゃないの。ほら、見てちょうだい」
 カレンは黒鞄に入っている大量の眼鏡の山の奥から、眼鏡ケースをいくつも取り出す。他の眼鏡が裸のまま無造作に詰め込まれているぶん、その扱いの丁寧さが際立っていた。
 カレンは眼鏡ケースを開いた。すると、そこには小さな花柄をあしらったフレームの眼鏡は入っている。それは間違いなく、アキカの眼鏡だ。
「それ、あたしの眼鏡!」
 アキカはとっさに眼鏡ケースから眼鏡を取り上げて装着する。しかし、レンズ越しに飛び込んできたのはピントの合ったクリアな視界ではなく、歪んでぼやけたくらくらする景色。
「こ、これ度数が違っている……!」
「レンズだけじゃなくて、眼鏡自体が違うのよ」
 カレンが手を伸ばし、ひょいっとアキカの掛けていた眼鏡をはずす。そして眼鏡の蔓(つる)の内側を見せてきた。
「ほら、ここに『No’03』って刻印されているでしょう。だからあなたの眼鏡じゃないの」
 しかしそう言われても、自分の眼鏡の書かれていたシリアルナンバーなんてアキカは覚えていない。まだ納得し切れていないアキカに、カレンはすべての眼鏡ケースの蓋を開けてその中身を見せた。
「疑うなら、全部掛けてくれてもいいわ。だけど、この中にあなたの眼鏡はないはずよ」
 八つある眼鏡ケースの中に入っていたのは、すべてアキカが購入してもらったものと同じ花柄フレームの眼鏡だったのだ。アキカは目を丸くした。
 念のため、全ての眼鏡を掛けてみたけれど、アキカのピントに合う眼鏡はひとつもなかった。
「ねぇ、これはいったいどういうことなの!? どうしてこんなにたくさん、あたしの眼鏡と同じフレームの眼鏡があるの!!?」
 こうなれば、さすがに問い詰めないわけにはいかなかった。
「ええ、もちろんちゃんと説明するわ」
 カレンは困ったような表情で、小さくため息をついた。
「まず、この身体はトーマの身体なの。そして、あたしや『ジョナサン』はトーマではなく、トーマが掛ける眼鏡の人格なのよ」
 ぎょっとするアキカにカレンはとんでもない説明を始めた。

 もともと、トーマはこの神住(かみす)町までは新幹線を乗り継がないと到底辿り着けないような遠くの町に住んでいるらしい。
 外見どおりトーマの両親はともに外国人であるが、生まれた時からトーマ自身は日本に住んでおり今も日本の大学に通っている。
 そんな風に見た目は派手だがごくごく普通の学生生活を送っていたらしいトーマに、ある日突然、とんでもない災難が降りかかった。
 いや、ある意味自業自得かもしれないが、しかしだからといって許容できることではなかった。
「トーマは、眼鏡を踏んづけてしまったの……」
 カレンは痛ましげに、瞼を押さえた。

 ようするに、ある日大学の帰りに地元駅前の商店街を歩いていたいトーマは、足元で鈍い音がしたのに気付いて視線を落としたらしい。
 すると、足の下には歪んだ小花柄の眼鏡のフレームと砕けたガラス。どうやらトーマは地面に落ちていた眼鏡を踏んづけてしまったらしい。
『なんでこんなところに眼鏡が……?』
 しまったやってしまったと思いつつも、どうして地面に眼鏡が落ちているのかが分からずそれを拾い上げた途端――、
『な、なんてことを……!』
 男が一人、トーマに向かって詰め寄ってきた。
『ああ、これあんたの眼鏡だったのか……?』
『その通りだよ! いったいなんてことをしてくれたんだ! これはようやく見つけ出した特別な眼鏡だったんだぞ!!』
 男はトーマの手から壊れた眼鏡を奪い取ると、その惨状に頭を抱え、怒りもあらわに怒鳴りつけてくる。
『……そんなことを言われても、不可抗力だから仕方がないだろう』
 トーマは呆れたようにため息をつく。
『まさか眼鏡が落ちているとは思わないじゃないか。落としたあんたにだって、非はあるだろう……?』
 トーマとしては、ごくごく常識的な当たり前のことをいったつもりだったのだが、その言い方は余計にその男を怒らせたようだった。
『そうかい、そんなことを言うのならお前も運命の眼鏡を見つけ出す苦労を知るがいいさ』
 男はトーマの頭をがしっとつかむと、トーマ自身の眼鏡を取り去り顔を覗き込んでにやりと笑った。
 その途端、トーマの頭の中でぴきっと何かが割れる音がした。
「お前は自分が踏んだのと同じ眼鏡を9個探しだし、それを順番に掛けなければならない。それまでお前の人格は、掛けた眼鏡の人格に奪われることになるだろう……!」
 これは、眼鏡の呪いだ。男はそう言って、にやりと笑って去っていく。
 訳が分からず呆然とするしかなかったトーマだが、奪われ地面に投げ捨てられた自身の眼鏡を掛けた時、その意味を理解することになる
『オー、ナルホド! コレハ大変デース!! 早急ニナントカシナケレバーッ!!』
 トーマの人格は自身の縁なし眼鏡――ジョナサンの人格に、とって変わられていた。


「トーマの身体は視力が余り良くなくてね、体質的にコンタクトも付けられないからどうしても日常生活に眼鏡は欠かせないのよ」
 そう言って、カレンは半円形の赤いフレームの眼鏡の蔓を人差し指でくいっと持ち上げる。やっぱり小指が立っていた。
「他にも色んな眼鏡を試しに掛けてみたんだけど、やっぱりどうしてもトーマ自身の人格のまま眼鏡を掛け続けることはできなかったわけ。それで仕方無しに、トーマは自分が踏み潰してしまったのと同じ花柄の眼鏡を探すことにしたのよ」
 トーマが気になったのは、どうして探し出さなければならない眼鏡の数が9つという中途半端なものなのかということ。
 しかし、同種類の眼鏡を探すにつれて、その理由を知ることができた。
「この眼鏡はね、若くして亡くなったとある天才眼鏡職人の最後の作で、世界に10個しか存在していないの」
 つまり、トーマが踏んで壊してしまったものを除いたすべての眼鏡を集める必要があるらしい。5個の眼鏡はトーマの住む町の眼鏡屋にまとめて卸されたらしく、比較的すぐに他の購入者を見つけることができた。しかし残りの五個は遠い街の眼鏡屋に卸されていたため、トーマはわざわざ新幹線を乗り継いでその眼鏡屋のある町――この神住町までやってきたという。
 そんな説明をカレンから聞き、アキカは開いた口が塞がらなかった。
「それ……本当のことなの?」
「ええ、困ったことに間違いなく本当のことよ」
 カレンはため息をつく。その仕種もなにやら非常に蠱惑的だ。
「で、でもだからって眼鏡の呪いだなんて非現実的すぎるわ!」
 アキカは信じることができずぶんぶんと首を振った。
「トーマもね、眼鏡の呪いなんて到底受け入れることができなかったの。だから、調べてみたらちょうどその頃、トーマの町に熱心な眼鏡コレクターでもある催眠術師が来ていたみたいなのよね」
 つまりトーマが眼鏡を踏んづけたその相手こそ、その催眠術師だったのではないかとカレンは言った。トーマの身に起きたこの事態は、強力な催眠術によるものではないかと。
「その催眠術の解除の条件が、この花柄の眼鏡をシリアルナンバー順に掛けるということなんだとトーマは考えたのよ」
 実際に、その花柄の眼鏡を掛けた時だけはトーマは自分の人格のままでいられるらしい。
「なるほど。分かったわ……」
 アキカはうなずいた。カレンはほっとしたように微笑む。
「ええ、理解してくれたようで良かったわ」
「つまり、あなたはそのためにあたしの眼鏡を盗んだのね!」
「ち、違うわ! それは誤解よ!!」
 カレンは慌てた様子で手を横に振る。
「あたしたちは真っ当に、あなたから眼鏡を買い取るか借りるかしようと考えただけよ。ここにある八個の眼鏡だって全部そうしてきたんだもの」
 トーマがアキカの行きつけの図書館に訪れたのも、眼鏡屋の店員やあちこちから情報を聞き込んで、アキカにそうしたお願いをするためだったらしい。
「だけど昨日は図書館に着くのが遅くて、あなたとすれ違ってしまったの。だから仕方無しに本を読みながら雨が止むのを待とうと思ったら、あなたが戻ってきて……」
 そうして昨日のやりとりになったとカレンは言った。
「つまり、トーマがあの席に座った時にはすでに眼鏡はなかったの?」
「ええ、そうなの。あたしたちは無実よ!」
 カレンは胸に手を当てて、必死な様子で主張する。
「その割には、昨日のトーマさんはかなりの喧嘩越しだったように思えたけど……」
 じとーっとした目でカレンを見据えると、彼女(彼)は頭を抱えてため息をついた。
「それについては謝るしかないわ。元凶の催眠術師を怒らせたように、トーマって本当にシャイで口下手なの。昨日も悪気はなかったのよ。ただ目的の相手からいきなり眼鏡を返せって詰め寄られてパニックになっちゃったみたいなの」
 だから今日は自分よりはまだ人付きあいの得意なジョナサンの人格の眼鏡でやってきたらしいのだが、もっともアキカにはそれは逆効果でしかなかった。
「じゃあ、あたしの眼鏡はいったい誰が持っているのよ!」
「それはあたしにも分からない……と、言いたい所だけど」
 カレンは、突如鋭い視線をアキカの隣に座っていたヒロムにむけた。
「あたしは、眼鏡を持っていったのは彼だと思っているわ」
「ど、どうして!? だってヒロムはあたしのクラスメイトで……!」
 アキカはぎょっとして隣のヒロムを見る。ヒロムは笑みを浮かべたまま、きょとんと不思議そうに首を傾げた。
「それは間違いなくあなたの『本当の』記憶? 証明できる?」
 証明するまでもなく、間違いないに決まっている。
 アキカはそう反論しようと思いつつも、操られるように携帯を取り出し親友のハルミに電話をしていた。数コールでハルミは携帯に出てくれた。
『あれ、どうしたのアキカ?』
「ねぇ、ハルミ。ちょっと聞きたいんだけど、あたしたちが小学六年生の時の図書委員ってあたしと加瀬君だったよね……」
 おずおずとアキカはハルミにたずねる。そして当たり前だよ、何当然の事を言ってるのと、ハルミが笑い返してくれるのを待った。
 しかし、携帯電話越しに戻ってきたのは、訝しげなハルミの声だった。
「加瀬君? 違うわよ。小六のときの図書委員はアキカとあたしでしょ」
 アキカはそのまま固まったように何も言えなくなった。
「あの年は男子の人数が少なかったから、うちのクラスだけ図書委員はふたりとも女子だったじゃない。それよりも、加瀬君って誰? そんな子、うちのクラスにいたっけ?」
 アキカは通話も切らないまま、携帯電話を持った手を降ろす。そして怯えたような眼差しを恐るおそる隣に向けた。ヒロムは変わらずに、にこやかな笑みを浮かべたままだった。
 凍りついたように動けないアキカの腕を誰かが引っ張りベンチから遠ざける。その腕の持ち主はカレン――いや、掛けている眼鏡は小さな花柄をあしらったフレームのものに変わっている。
「あんたの姿は昨日見かけた……」
 どこか気だるそうな喋り方。それはトーマ本人のもの。トーマはアキカを背後にかばったまま、鋭くヒロムを睨みつけていた。
「図書館から、俺と入れ違いに出て行ったよな……」
 人が極端に少なかった昨日の図書館。最後までいたのは自分と司書だが、その前にひとり男子学生がいたことをアキカは思い出した。彼は自分よりも早く図書館を出たと思い込んでいたが、まだ館内に残っていたとしたら……?
「それに、あんたのその姿には見覚えがないが、あんたからはあの催眠術師と同じ雰囲気を感じるんだよ……」
 トーマはヒロムにむかってはっきりと問い掛けた。
「おまえは、いったい何者だ……?」
 ヒロムは途方に暮れたように俯いたままベンチに座っていた。だがやがて、くつくつと小さな笑い声が聞こえてきた。
「まったく、これは困ったな……」
 金髪男よりもさらに胡散臭い相手――クラスメイトと思い込んでいたヒロムと名乗った人間をアキカは不安な思いで見つめていた。

《続》


表紙 / 次項
作者 / 楠 瑞稀