※ この小説は麻雀をテーマにした小説です。

 麻雀は一般的に4人でやる。
 14牌(3×4+2)で役を作り、和了(あがり)を目指す。
 点棒を奪い合って最終的な点数を競う。

 まぁ、これだけ押さえてればオーケー。

 もう少しだけ詳しい説明はこちら(別窓)をどうぞ。
 作中の専門用語の意味は、さりげなく用語にリンク(別窓)繋いでます。





 ガタガタ、と風が窓を揺すっている。叩きつけられた雨粒がするすると硝子の表面を撫ぜ、ラインを引きながら滑り落ちていった――今日は酷い天気だ。

「おい、索子(そうこ)ちゃん、番だぜ」

 意識を戻し、煙るタバコの香りに包まれた索子(そうこ)は緑のフェルトの上に牌を切りだす。そして唇の端をきゅっと持ち上げながら、卓上に千点棒を放りだした。
 悪くないスピードだった。殆ど無駄な牌は引いていないし、理想的な形――麻雀の女神さまにキスでもしてやりたいぐらいだ。今度こそ彼の勢いを止めてやると意気込み索子は宣言する。

リーチ!
――ロン

 変声期を終えたばかりのハスキーな声が索子の浮ついた気持ちに待ったをかけ、そして少年は細くて長い指で牌をそっと倒す。それがまるで厳かな儀式であるかのように。
面断平三色ドラ二……親跳
 愕然としている索子に少年はにやりと頬を吊り上げる。
「索子さん。一万八千と九百点」
「……わかってるわよ」
 得意気な少年の顔に点棒をぶつけてやりたくなったが、それをすんでのところで耐え、索子は己の点棒を差し出した。
「索子ちゃん、こっぴでぇな。小僧もえれぇ絶好調じゃねぇか」
 対面に座っている無精髯を生やした中年の男が、白煙を吐き出しながら嬉しそうに喉を鳴らす。索子は引き攣りそうになる顔の筋肉を叱咤激励し、なんとか虚勢の笑みを浮かべた。
「ぜんっぜん平気よ、八幡さん。これぐらいの負け、いつでもすぐに挽回できるから」
 そうは言いつつも、索子の懐は大分寂しくなっていた。徐々に削られていった点棒は五千と少し。あと一度でも大きな役に振り込めば容易くとんでしまう。
「索子さん、さっきからそればっかり」
「煩いわよ少年」
 ぎりぎりと奥歯を噛みしめながら少年を睨みつけると、彼は苦笑しながら軽く肩を竦める。その余裕綽々な仕草が忌々しい。
「――尺蠖の屈するは、もっと信びんことを求むるなり」
 同じように卓を囲んでいた老人がぽつりと呟いた。八幡と同じ常連客であるピンだ。草臥れた服装は他の客にもいえることだったが、無口な彼が口を開けば出てくるのは古めかしい言葉ばかりで、索子は彼の言っていることが半分以上わかっていない。今日もその例に外れず、索子は曖昧な笑みで彼の表情を伺った。
「尺取り虫が身を縮めるのは大きく身体を伸ばして前進しようとするため――つまり次に大きく飛躍しようとするために索子さんは、一時的に後ろに下がってチャンスを狙ってる――ってことをいいたいんだろピンさん」
 すらすらと澱みない言葉で解説をつけたのは少年だった。索子はぱちぱちと瞬きをし、その真意を視線で問う。ピンはいつもどおりの長い白髯を蓄えた口元を閉じたままで、仙人のように凪いだ瞳で「是」と頷いた。
「やっだぁ、ピンさんってば優しい!」
 索子は全身で喜びを表しながらピンに抱きつく。ピンは索子の突然の行動にも動じる様子はなかったが、微かに緩んだ口元を見ればまんざらでもないらしい。その様子を見ていた八幡が冷やかしの口笛を吹いた。
「なんだよじーさん、かっこつけやがって。俺も索子ちゃんは本当はできる子だと思ってんだぜ? だからほれほれ索子ちゃん」
「八幡さん、セクハラするなら出入り禁止にするわよ」
 唇を蛸のように尖らせ催促するエロ親父に索子はぴしゃりとした態度で答えた。何か言いたげな少年の瞳がこちらを向いていることに気づき索子は身構える。
「……何よ」
「ピンさんの言葉を親切心から翻訳した俺には?」
 索子は天を仰ぎ、掌を頭に当てながらも嘆かわしい、と頭を振った。
「っったく……どいつもこいつもギャンブル好きに碌な男っていないわ。ピンさんは別だけど。もうちょっと無償の愛とか――ないわけ」
 索子は牌を並べながらもそうぼやいたが、最後のほうは殆ど独り言になっている。
「無償の愛ィ? 生憎、俺はキリストじゃなくて博打の神さんを信じてるからな。賭博教は等価交換が基本だぜ。ハイリスクハイリターンってやつだ。な、小僧!」
 ミステリアスな笑みをたたえる少年と、下品な笑い声をあげる八幡を白い目で見ながらも索子は麻雀に集中し直した――やっぱりろくでもない。
「しかし小僧。お前、麻雀は覚えたばっかだって言ってたが、なかなかやるじゃねぇか」
「――今はインターネットで対局できるから」
 感心したような八幡に少年はひんやりと水の底を滑るような声で答える。
「ちぇっ、近頃のガキはなんでもパソコンか……いいか小僧、麻雀ってのはなぁ、人と直接うつ空気を通じて本当に強くなれんだ」
 八幡はお得意の麻雀論を声高に語りだしたが、索子はそれは半分、誰かからの受け売りであることを知っていた。少年は意外と素直に八幡の言葉を聞いていたが、言葉が途切れるとにぃっと唇を吊り上げる。
「じゃあ索子さんは俺よりもうんと強い筈だけど」
 さらりと首を傾げると、少年の前髪が揺れる。そこから覗く無邪気さを装った瞳に、八幡は目をまん丸にしてから耐え切れずといった風に吹き出した。
「ぶはは! 違いねぇ! おい! 言われてんぞ! 索子ちゃん!」
「うっるさいわねぇ! どうせ私は弱いですよ! 私だって好きで麻雀うってるわけじゃないんだから! 父さんがパチンコ行くって言うから仕方なく店番して、仕方なく面子に加わってるだけなんだからね!」
 索子だって駄目人間の見本のような父親が雀荘を経営してなかったら、今頃こんなところにいる筈がない。繁華街の裏道に入り、見上げたビルの二階に看板を掲げているこの店は雀荘「千鳥」。数人の常連客を相手に細々と営業しており、一人娘である索子は時々、店番をまかされていた。索子という名前も麻雀好きの父親がつけた名前だ。
「索子さんは攻めすぎるんだ。守りも覚えなきゃ勝てないよ」
 打牌をしながら少年が静かなトーンで言う。それは自分でも自覚してたことだが、改めて人から、しかも自分よりも麻雀歴が短い相手に言われてしまうと非常に癪だ。索子は憮然としながら新しい牌へと手を伸ばした。
「……攻撃は最大の防御、ってのが私のポリシーよ」
「まぁ、間違っちゃないけどさ――カン
「っちゃあ、そこ鳴かすか。気になってたんだが小僧。おめぇ、そんな格好でここらうろついてっけど、その制服、いいとこの"ぼん"がいってる学校だろう」
「まぁね――けど問題はないよ」
 少年はなんてことはないと肩をすくめたが、それは索子も気になっているところだった。少年がこの雀荘に入り浸るようになったのも、元はといえば索子に原因がある。
「その偉そうな態度に忘れかけてたけど、少年……あんたばっちり未成年だったわね。まだいたいけな青少年が駄目人間の道を着実に歩んでるなんて……由々しき事態だわ」
「何を今さら。そもそも俺を拾ったのは索子さんだ」
 索子が自分の行動を悔やんでいると、面白いユーモアでも耳にしたかのように、少年はくすりと笑った。そして細く長い指が牌を掠め取っていく。
 その丸い爪と透けるような青白さに、索子は少年と出会ったときのことをぼんやりと思い出していた。



 それは今日と同じ、バケツをひっくり返した様な土砂降りの日だった。
 いつものように父親の店を手伝っていた索子はゴミを出しに、エプロン姿で路地裏へと足を踏み入れた。重たいプラスチックのゴミ箱を抱えながら、庇から滑り落ちてくる雨粒を索子は見上げて溜息をつく――とっととやることを済まして温かいお茶でも飲もう。
 ずり落ちそうになるゴミ箱を抱えなおすと、ふと、何か白いものが索子の視界を掠めた。
 酔っ払いだろうか、と索子は思う。
 ここは繁華街であるし、それはとりだてて珍しい光景ではない。放っておくのが常だったが、その塊が思ったより小さかったことと、降り注ぐ雨の冷たさが、索子の足をそちらへと向けさせた。
 そこに蹲っていたのは一人の少年で、年のころは十四、五ぐらいであろうか。白と黒の一般的な学生服に身を纏っていたが、その胸に刻まれた校章から、有名な進学中学の名前を索子は思い浮べる。発展途中の肢体を無造作に投げ出し、痩躯を冷たいコンクリートに持たせかけながら、少年はぼんやりと雨に打たれていた。
 ぱしゃん、と踏んづけた水溜りが音を立て、少年が緩慢な動作でこちらを向く。その表情からは感情というものが抜け落ちており、まるで道端に捨てられていた人形が突然動き出したかのような違和感を索子は感じた。
 ぬたばまのように黒い目が、じいっと索子を見据える。その幼い外見とはそぐわない雰囲気に索子はぶるりと身体を震わせたが、それは冷たい雨の所為かもしれなかった。

「あなた、そんなところにいると風邪ひくわよ」

 索子はそう声をかけたが、少年は口を閉ざしたままでこちらを見返している。もしかして薬でもやっているのだろうか、と索子は思った。
「好きでそうしてるなら放っておくけど……もし必要なら店のタオルぐらいは貸すわよ」
 しばらく反応を待っては見たものの、微動だにしない少年に索子は嘆息してから背中を向けた。しかし、ゴミ箱を抱え、狭い階段を上がりかけたところで、おねえさん、という掠れ声が聞こえる。振り返れば、少年の淀んだ沼のような目と再び視線が合った。少年は首をかすかに傾けながら、震える薄い唇を開く。
「何の、店?」
「雀荘よ。このビルの二階」
 端的な質問にちらりと視線を上にやると、ひび割れを不恰好に補修してある窓ガラスが目に入る。
「うちの店はレートが高めだから、初心者にはお勧めできないけど……麻雀やるの?」
 首を横に振った少年に索子は苦笑いした。
「ギャンブルに溺れてる駄目人間が身内に居るから私は好きじゃないけど、それなりに楽しいわよ……ま、それなりに勝てたらだけどね」
 索子はそういってから、ジーパンの後ろからタバコの箱を取り出した。細身のメンソールを銜え、ライターで火をつけようとしたが、湿気のせいかつきが悪い。苛々しながら唇を歪めると、視界に何かが急に飛び込んできた。思わず手で受け取めれば、それは竜のモチーフが象ってある妙に年季の入ったジッポだ。どうも、と礼を述べて、ふぅ、と紫煙を肺の中に取り込んで一息ついたところで、索子は自分が禁煙していることを思い出した――とはいっても店では副流煙をしこたま吸い込んでるのだから、今更、禁煙もなにもあったものではないのだが。
「――じゃあ、私、店に戻るわ」
 軽く手を上げ踵を返すと、再び呼び止められた。振り返れば、少年の視線が手に収まってるライターに注がれている。どろぼう、とその唇が言葉を紡いだから、索子は思わず噴出してしまいそうな衝動を堪えた。
「人聞き悪いこと言わないでよ。未成年には必要ないでしょこんなもの。おねえさんが預かっといてあげる」
 かちり、と蓋を開け閉めしながら、索子は悪戯っぽい表情で微笑む。
「そうね、もし返して欲しかったら、そんなところでへたばってないで店にでも来たら? ――お子様には特別にココアのサービスもあるわよ」
 すまし顔でそう言うと、少年は一瞬、意表をつかれたように目を見開く。そこで初めて少年の人形じみた雰囲気は崩れ、索子は年相応の幼さを目にしたような気がした。
 そして一瞬後、少年はきゅうと目を細め、くくく、と喉を震わせながら笑う。片方だけ口元を吊り上げながら、少年はゆっくりと体を曲げながら立ち上がった。そして、ぐっしょりと濡れた制服のままで、少年は索子のほうへと近づいてくる。索子の顔を覗き込む少年の身長は思ったよりも高かったが、銜えていたタバコがくっつきそうになる距離に、索子は思わず上体を逸らした。そうしてハスキーな声が索子の耳朶を打つ。
 ――おねえさんのなまえは?
 まさか、その齢14の少年が、それをきっかけに雀荘の常連客になってしまうなんて、索子は予想だにしてなかったのだ。



「……初めは牌の並べ方も覚束なかったのに」
 打牌をしながらもぼやくと、鮮やかな手つきで牌を弄んでいた少年は笑う。少年に麻雀のルールを教えたのは索子だったのに、若さゆえの吸収力の違いか、それとももともとの頭の出来が良かったのか、驚くべき速さで少年は強くなった。今となっては、ムラっ気がある索子なんかはいいカモだ。
「索子さん、集中しないと余計に勝てないよ」
「ほんっとに可愛くないわね」
 至極もっともなことを言われて、索子はぼんやりとしていた意識を卓に戻した。かちゃり、と端の牌を右手で回転させてから、索子は一索を切り出す。
チー
「小僧……余計なお節介は承知で言うが、そんな、みえみえの染め手、誰も振りこまねぇぞ」
 呆れたような八幡の忠告に少年は肩をすくめた。二鳴きした少年の鳴き牌はすべて索子(そうず)。恐らく待ちは同じ種類である可能性が高いのは明白だ。

「――どうかな。案外、いるかもよ……それに俺はこの牌が好きだからこのままでいい」

 こちらに意味深に視線をよこしたのは少年の聴牌はほぼ確定だった。するとなぜか妙にテンションを上げた八幡が索子の肩を小突く。
「おおっ! どうするよ、索子ちゃん! 小僧からこんな熱烈な告白受けて! よっ! この男ごろし!」
 ゲハゲハと笑う八幡を索子はこれ以上はないというぐらい冷めた目で睨む。
「それって、みえみえの染め手に振り込む馬鹿が私だっていいたいの?」
 索子が機嫌悪そうに言い放つと、八幡はぴたりと笑いを止め、何故か同情を含んだ目で索子と少年を見た。少年は顔色も変えずクールに八幡を見返したが、索子は八幡の哀れみに満ちた視線が、なぜか無性に腹立たしい。
「――おらぁ、ちっさいころから、索子ちゃんを見てきて色気がどうも足りねぇ足りねぇとばかり思っていたが、その上、どうしようもないニブチンだったんだな――嫁に行き遅れてどうしようもなくなったら俺が貰ってやるから――な゛っっ!」
 索子が卓の下の足を思いきり蹴飛ばしたら、どうやら助っ人があと二人ほどいたらしい。両方の脛をさすりながら八幡は声にならない悲鳴を堪えているようだった。それでもなんとか痛みの波が過ぎると、八幡は顔をあげ恨めしそうな表情を見せる。
「……じーさんと小僧まで、蹴ることはねぇだろうが」
「義をみてせざるは勇なきなり」
「口は災いの元、ってね」
 おらぁ、盛り立ててやろうとしただけじゃねぇか、とぶちぶち言っている八幡を無視して、索子は牌を切り出した。確かに八幡やピンとは長い付き合いになってしまっているが、そんなことにまで口を出される筋合いはない――ただ単に図星をさされてムカついただけだといわれてしまえばそこまでだが。
 そうこうしているうちに、積まれている牌は少なくなり、勝負は流局へと向かっていた。
 索子が待っている牌は二索と五索で、推測するに少年の待ちも索子(そうず)のようだ。八幡やピンは、少年や索子を警戒して安全牌を切り始めているし、事実上、この局は索子と少年の一騎打ちである。
 ――今回だけは絶対に勝ってやる。なめられっぱなしじゃ女がすたるわ。
 その索子の静かなる闘志が麻雀の女神様に届いたのか、最後の1牌は索子の手にゆだねられた。気合を入れてめくってみたものの、索子が引いてきたのは一萬(いーまん)――これであがれないことは確定された。
 思わず落胆の溜息を漏らせば、右に座っていた少年が忍び笑いをする。それをぎろりとねめつけてから、索子はあらためて少年の捨て牌をみた。八幡がいっていたとおり、捨てた牌に偏りが見られ、鳴いて表になった牌も索子(そうず)――だが確証なんてものはない。
 振り込むのを避けるために安全牌を切るのも一つの手だが、更に少年を調子付かせるのも癪だった。牌を握り締め長考していると、面白そうな表情でこちらをじいっと見据える少年と視線があう。
 ――切らないの?
 こちらの感情をさらりと撫でていくような声が、索子を挑発した。
 憤慨する感情が索子の身を燃え立たせたが、頭の冷静な部分が、これは悪い傾向だと囁く。この瞳に何度、煽られて失敗したことだろう?
 しかし、この牌があたる確立は低い、と別の声が後押しする。もう一度見返した硝子玉のように澄んだ目が、愉悦さを宿し索子を誘った。
 『勝負だ』
 どちらともいえない声が頭の中に響き、索子は力強く、一萬を卓の上に叩きつける。
 指をそうっと離し、少年の様子を伺うと、彼はにぃっと唇の端を吊り上げた――まさか。

「――索子さん残念。その牌だ」

 少年が倒した牌から覗いた待ちは、一-四萬(いーすーまん)。
 役は、鳴き三色チャンタ河底撈魚ドラ一
 絶句する索子に少年は底意地が悪そうな顔で笑った。
「取り合えずいつものが飲みたいな――索子さんの入れたやつ」
 麻雀で索子が負けたときにはいつしか恒例となってしまった少年の"お願い"に、索子は髪の毛を掻き毟りながら立ち上がった。悔しさのあまり沸騰してしまいそうな脳みそで索子はカップに茶色の液体を注ぎ、荒い足取りで運ぶと、少年はゆるりと微笑み礼を言いながらも受け取る。ついでにピンにサービスしたのはお茶だったが、ビールは? とのたまう駄目中年は無視するに限るのだ。
 あまり好きでもないらしいココアをいつも頼む少年に首をかしげながら、索子は無防備に旋毛を見せている小さな頭を衝動的にかきまわした。少年は迷惑そうに眉を顰め、索子の手を振り払ったが、索子はひとつおまけとばかりに少年の頭を小突く。
「――人生の先輩からのアイノムチよ。有難く頂戴しなさい」
 その言葉に少年は、一瞬、きょとんとした表情を浮かべたが、すぐににやり、と音がするほど人の悪い笑みを片頬に刻む。
「そう――索子さんは人生の先輩なのにアイノムチだ」
「……ん? ん、ん?」
 含みのある言葉引っ掛かりを覚えたが、首を傾げてばかりの索子の様子が可笑しかったのか、少年はくすくすと喉を鳴らす。そして気を良くした様子の少年は索子の腕をひっぱり、麻雀卓へと誘った。その幼い少年の双眸に宿った妖しさに、索子ははっと刹那息を止める――が、それは一瞬後には消え去っていたから索子は気のせいだと思い込むことにした。
「ねぇ、索子さん。今度は映画でも奢って欲しいんだけど」
「ちょっと少年、なんで奢るのが決定事項なわけ? というか、そもそも、なんで私が少年と映画行かなきゃならないのよ」
「だって、どうせ次も俺が勝つよ」
「――いい度胸じゃない。ギャンブルの世知辛さをとくと味わわせてあげるわ」
「おい、じーさん、俺ら存在忘れられてねぇか?」
「……智者寡言」
 いつの間にか雨は止み、雲間から覗いた太陽が雀荘「千鳥」に暖かな光を降り注いでいた。



雀荘にて雨時々、愛の無知




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