※ このお話は、ワタシトカレラ。56話の裏話になります。
蒸したいなきびを丸めている背中を、テーブルに頬杖をついた状態で拓巳は眺めていた。その吸い込まれるような翡翠色の瞳は半目になっている。
きびの独特な香りが喫茶店に立ち込め、それは食欲をくすぐるものだったが、拓巳の現在の関心は刻々と過ぎる時間の上にある。とんとんと、指先をリズミカルに打ちつけながら、桂木は眉間に皺を寄せた。
「結城、遅いぞ。待ちくたびれた。いったいいつになったらできるんだ」
「はいはい。待ち合わせには間に合うようにするから。もう少し、待ちなさい」
背中を向けたままで、くすりと笑った結城に拓巳は唇を尖らせる。
無為に過ぎる時間は細胞を壊死させる力があるのではないか、と拓巳は時々思う。じわじわと毛穴から侵食してくる無味無臭の猛毒は、己の心の臓を腐らせ、その動きを止めるのではないか、と。
それが感覚的なもので、馬鹿げた考えに過ぎないことは承知していたが、人生において貪欲に愉悦を求める拓巳にとって、退屈は何よりも忌避すべきものだった。そんな息子の苛立ちなど当然、承知している癖に、結城がペースを崩したことなどない。あるがまま、わがままに振舞うことが当たり前であった拓巳が唯一、主導権を取れない相手、それが恐らく結城という人物だった。
まったく。忌々しいにもほどがある。拓巳は瞳を細めて、鼻を鳴らした。
ようやくキビダンゴが出来たのか、紙に手際よく包みながら、結城はこちらを真っ直ぐと見つめた。結城は穏やかな瞳で拓巳を諭す。
「拓巳、人様のうちにお邪魔するんだから、面倒は起こさないようにね」
「言われなくてもわかっている。俺に全て任せておけ」
「相変わらず自信満々だなぁ」
「褒めてもなんも出ないぞ」
「あれ、褒めてるように聞こえた?」
ほんの僅かだけ含まれた棘に、拓巳は形のいい眉を跳ね上げる。普段ならチョコレートコーティングされた鉄壁の態度に、苦味が混じることはない筈だが。
相変わらず気持ち悪い笑顔を崩さない結城に、拓巳は腕を解き、聞き返した。
「回りくどい態度はやめろ。何か気がかりなことでもあるのか」
「まぁ、ね。僕は手出ししたくても、出来ないから」
歯痒そうに言葉を濁した結城を、拓巳は鼻で笑う。本能が体に直接繋がっている拓巳にとっては"やりたくてもできない"という葛藤は存在しなかった。拓巳はきつい口調で突き放すように吐き捨てる。
「自分で切り捨てたくせに見苦しいな。動きたくても動けない年寄りはすっこんでろ」
きついところを突いた拓巳に、結城は胸を押さえて苦く笑った。
切り捨てたのは忘れられない過去か、それとも未熟な恋を暖めていた幼い雛だったのか――恋敵の感傷に付き合うほど拓巳という人間は優しく出来てはいない。
結城はふぅ、と息を深く吐き出して、首を振った。
どれだけ挑発しても、結城の態度は柔らかいままだが、長年付き合ってきた拓巳だからこそ、その瞳に宿る鈍い光にすぐさま気付いた。足が飛んでくるかと身構えたが、結城は優雅な足取りで近づき、机の上にそっと出来上がったばかりのキビダンゴを置く。
「今度ばかりはその暴言、見逃しとくよ。だけど、危険な目に遭わせたら、その時は覚悟するように、ね」
上から押さえつけるような言葉に反発を覚えたが、聞かないふりは到底出来そうもなかった。上目遣いでねめつけて、拓巳は低い声で唸る。それは獣が敵を威嚇し、喉を鳴らすのに似ていた。
「――お前に言われなくても解ってる。何度言わせるんだ」
「だって何回も言わないと、拓巳はすぐに忘れるでしょう」
野生の獣が縄張り争いをするように、二人は無言で睨みあう。
張り詰めた空気の中を、ちくたく、と刻む時間が流れていった。頷かない限り、ここに無意味に居続けなければならないのか、うんざりし始めた拓巳がついには目線をはずして溜息を吐く。
ぶすくれながら、わかった、と頷けば、結城は表情を緩め、拓巳の頭に手を伸ばした。
「ん、良い子だね。浩輝君の様子も出来たら見てきて」
ぐりぐりと頭をかき混ぜる結城の手を乱暴に跳ね除けて、拓巳は猛然と立ち上がる。顔を歪ませ憤慨する拓巳にも、結城は怯んだ様子はなく、それは拓巳の怒りを煽る効果はてき面だ。
「眼鏡に関しては断るっ! 気安く撫でるなっ! 気持ち悪い! ハゲろっ!」
キビダンゴをひっつかんで外に出て行った拓巳を、結城は笑顔と共に見送る。
ふと思い出したように前髪をつまんで、暫くの間、それを眺めていた結城は我に返り、客を迎える準備をするべく、踵を鳴らしたのだった。
ある、おやじと、むすこのかいわ
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御礼&蛇足という名の後書き
ワタカレ。56話の感想代わりに、とヤオさんから頂いたイラスト! 主人公ちゃんのまるっこさがツボですごい可愛くて私も弄りたくなりました。それにしても桂木の麗しさはすさまじいな……至近距離が耐えられないのが良くわかります。
すっごい素敵なイラストまことにありがとうございました! パワー頂きました!
ヤオさんのサイトはこちら → かいなのやおろず