五話 / レッツファイティングウィズヒム
たらり、たらりと汗が額を伝っていくのは、このうだる様な暑さの所為ではない。
その証拠に喫茶店の中は十分な空調が効いている。
バレた。桂木・ヨハネス・拓巳にバレた。そして、それは確実に峰藤浩輝の耳にも届いたはずだ。
気の利いた誤魔化しの台詞なんて出てこなかった。私に出来ることといえば、どうやってこの場を取り繕うか混乱しきった頭をかき混ぜるだけだ。
一、スタンダードに誤魔化す。
二、軽い調子で認める。
三、逆切れ。
よし!!! 断然三で!!!
そんな選択をしようとした私はかなり追い詰められていたらしい。決心を固めている私をよそに、桂木は妙に腑に落ちたようで頷いていた。そのあっさりとした反応に拍子抜けして、私は握りこぶしを力なく下ろす……いや、別に暴力で解決しようとしたわけではないけれども。
「てっきり藤に惚れているかと思ってたが、なんだ結城だったのか。道理で藤がトゲトゲしてるはずだ」
「……なんで結城さんが原因で、副会長が感じ悪くなるんでしょうか?」
恐ろしい誤解を諌めるよりも好奇心が勝った。
厭な予感がする質問を恐る恐る口を出してみると、妙に晴れやかに桂木は笑う。
「藤が結城を愛しているからに決まっているだろう」
「桂木、誤解を招く言い方はやめてください」
峰藤は、呆れたようにため息をついてから桂木を嗜めると、浮いた噂が無いと思ったらやっぱりとぶつぶつ呟く私にむかって冷たい目を向けた。
「結城さんの周りに頭の弱そうな馬鹿女が纏わりついていることが目障りだと思っているだけですが」
「っっ! やっぱり結城さんの事を……!」
「敬愛はしていますが、下衆の勘繰りはやめて下さい。下らない事を撒き散らすのをやめて、いい加減に黙ったらいかがですか」
ぴしゃりと私の台詞を遮って、峰藤はまるで下等生物を見るような目で私を見下した。
腕を組んでこちらを蔑む視線は流石に堂に入っていて、以前の私だったら即効に侘びを入れていただろう。しかし、多少は耐性が付き始めていた私は無言で峰藤を睨み返した……すぐにそらしたけど。
「はっきり言わせて頂きますと、仕事もまともに出来ないくせに迷惑なんです」
アナウンサーになれるんじゃないだろうか、というくらいの綺麗な発音で奴ははっきりと言った。
その心臓を抉る、トドメとでも言うべき台詞に、私の目元にはついには涙が――出るわけ無かろうが!!!
やめ、ません。
押し殺した声は女とは思えないぐらい低くて、峰藤の視線は怪訝そうに潜められた。
顔を上げた私は、親の仇を睨みつけるぐらいの勢いで峰藤を見る。
「乙女の執念舐めないでください! 仕事? 私が本気出せば楽勝に決まってるでしょう? 後でぎゃふんと言っても知りませんからね!」
「よっ、2Cよく言った! 藤をぎゃふんと言わせてやれ!」
まったくの快楽主義者である桂木にとっては事が面白く運べばいいらしい。からからと笑いながらの調子の良い合いの手が入った。
その台詞に峰藤は、口の端を吊り上げて"笑った"。
それは私が見た初めての峰藤の笑顔だったが、それはまるでニタリ、という音が聞こえてきそうなほど不吉だった。目がまったく笑ってないし、うわ本能的に鳥肌たった!
「ほう、それはそれは――楽しみにしてます」
喧嘩売るとは良い度胸だな、おんどれは?
と暗に仄めかす台詞に、早くも後悔しそうになる自分を叱咤激励して、私は拳を握る。
そうしてこの夏の日に、私と峰藤の仁義無き戦いが幕を開けたのであった。
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