七話 / 桂木拓巳は二度笑う


「縁日、ですか?」
「そうだ」

 私の問い返しに、桂木は胸を張って答える。
 無駄に自信満々な態度は見慣れたもので、彼の性格を考えれば、おのずと言い出す事は予想できた。
 桂木曰く、近くの神社で縁日があるらしい。
 そして私はそのお供を命じられたわけだ。説明終了。
 嫌だと言ってもどうせ無理やり引き摺って行くのだから、私は早々に諦めてそれを了承する。そんな私の様子を見ていた結城さんは、くすくすと嬉しそうな笑みを漏らした。
「すっかり気に入られちゃったねぇ」
「……結城さん、やめてください」
 好きな人にそんな誤解(とも言い切れないのが悲しい)されて嬉しいわけがない。
 私の心底嫌そうな表情に結城さんは噴出した。結城さんはあんがい笑い上戸らしく、謝りながらも快活に笑ってらっしゃる。すると私の言質をとりつけた桂木が漫画を読みながら、さらりと言った。

「どうせ暇だろう。結城も一緒に来い」

 桂木の言葉に私が目をむくと、結城さんは、そうだねぇと、一呼吸置いてから考え込むように顎に手をやる。そして、何かを決めたという目で私のほうを向いて、悪戯そうな笑みを浮かべた。

「……女の子のお誘いなら断らないんだけどなぁ」
 溶けるような声で紡がれたそれに、冗談で言っていると解ってはいても、かっと顔に血が集まった。私の心臓は喉からぽろんと飛び出しそうなほど激しく踊る。しかし、女は度胸だ! と自分に言い聞かせながら、なんとか私は口を開いた。

「結城さんも……一緒に、ぜひどうですか?」
 エプロンを握り締めながら、私は結城さんを見つめる。その答えを微動だにせずに待っていると、結城さんはふっと一瞬微笑んで、深々と頷いた。
「うん、君が誘ってくれるなら喜んで。縁日か久しぶりだなぁ」
 にこにこと結城さんが無邪気に笑っている横で、私は顔の火照りを両手で仰ぐ。会長って案外いい奴かもしれない! 空気読める男って素敵だね!
 しかし、愉快犯である桂木が、そうそう、私に甘い蜜をすすらせるはずも無かったのである。散々持ち上げておいて落とす! という汚い手口を使ってくることを、私は肝に銘じておかなければならないのだ! いつも! どんなときも! 心の準備は大事なのである!
 ――というわけで、私が感謝していたしりから、桂木はにやけながら爆弾を投下した。

「結城が行くなら、藤も来るだろう?」

 オイ待て桂木ィィィ!! 余計な疫病神まで誘うんじゃない!!!
 昇っていた血の気が一気に急降下して、私は真っ青になりながら桂木を凝視した。そして、恐る恐る視線を移してみると、食器を拭いていた峰藤は眼鏡のフレームを中指で押し上げてからこちらを見ている。
 私は自分の精神衛生上、自然と奴を排除していたのだが、奴の優れた地獄耳は私たちの会話を漏らすことなく聞いていたのだろう。
 断れ、断れ、断れ、断れ! 断れ! すごい勢いで断れ! エアーをリーディングすれ!!!
 という私の念が届いたのだろうか。私のほうを一瞥してから、峰藤はあっさりとのたまった。

「断る理由はありません」

 心の中の絶叫も空しく、浩輝君と縁日行くのも久しぶりだねぇ、と嬉しそうな結城さんの様子に、私は完璧な敗北感を覚えた。打ちひしがれていた私のあげた顔の先には、桂木の綺麗な微笑み。
 完璧な愉快犯か! チクショウ! その美しさに反して、私はそれを憎らしげに眺めたのであった。



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