十三話 / ジャーナリズムのしもべ


 私は蜃気楼が立つほど暑い砂の上を、亀の歩みでのっそり歩いていた。喉がカラカラに渇いている。見渡す限り百八十度砂である。いつかピラミッドを見にエジプトに旅行をしてみたいな、とは思ったこともあったが、こんな風に遭難するためでは決して無い。私がついに耐え切れず倒れこんだ時、口に金色の砂が入った。
「……みず」
 肌を焼くフライパンのような砂を頬で感じながら、ポツリと声を漏らすと、目の前の空間がぶれた。
 担がれている!
 力を振り絞り首をまげて見てみると、白いアラビア衣装を纏った桂木である。その尊大な態度とあいまって、まる王族のようだ。
「ははは、見苦しいな!」
 そういいながら、素晴らしいスピードで桂木は砂をけった。がっくんがっくんと、体が揺れて気持ち悪い。
「ぱ、パンツが! 会長、パンツ!!」
 私が喚くのも耳に入ってない様子で、桂木は高笑いをしながら走り続けている。その間も振動はやまない。

「いい加減、起きてよ!」

 見知った顔が唐突に目の前に現れた。
 保健室の白いカーテンをぼんやりと見つめている私に「大声でパンツって叫んでたけど、どんな夢見てたの?」と彼女は呆れたように言った。
 どうやら私を力いっぱい揺すっていたのは彼女らしく、私が気持ち悪いと文句を言うと、ぱっと手を離して勢いでずれた眼鏡を直した。具合の悪い病人を叩き起こそうとしたことに多少は罪悪感を感じたらしい。私としては、揺する前に思い出してほしかったけど。
 彼女は伊藤紀子(いとうのりこ)という名前で、何の因果か一年から続けて同じクラスになった友達である。すっきりとしたフレームの眼鏡をかけた理知的な顔つきをしているが、その外見を裏切らず閑古鳥がないている様な新聞部――彼女は少人数精鋭だと言い張っていた――の部長という栄えあるポジションについていた。そんな彼女の好物は「特ダネ」である。月一に出される校内新聞の他に、臨時に新聞が出された時は要注意だ。つまりは、誰かが彼女の餌食になったという証拠だから。そのためか校内でも恐れられたり煙たがられたりするのだが、それを指摘すると「ジャーナリズムとは」と拳を固めて語りだすから、私も最近では既に諦めている。

「あんたほんとに具合悪かったのね。酷い隈」
 すごく友達がいのある言葉をかけられて、私は先刻の桂木の台詞を思い出してちょっと凹みかけたが、それを振り払うように私はぶっきらぼうに言った。
「……煩いなぁ。それより始業式終ったの?」
 私のぞんざいな態度も気にせずに、紀子は思い出したように「そうだ!」と小さく叫ぶと、興奮した様子で詰め寄った。その勢いに思わず私は保健室のベットの上で身を引いて距離を取ったが、紀子はますます近寄ってくる。
「ね、あんた一体、桂木会長とどういう関係? 夏休みになんかあったでしょう」
「な、何のこと……?」
 わざとらしく誤魔化してみたが、はっきりと動揺している私を見て、紀子の瞳が怪しくギラリと光った。それは彼女が特ダネを嗅ぎ付けた時の反応だ。
「ホームルームが始まった時に会長が来てね。ま、それだけでもちょっとしたニュースだったんだけど。あんたが保健室で休んでるって言うじゃない。……特ダネの匂いがすると思って、ちょこちょこっと探ってみたら――」
 にやり、と嫌な感じの笑みを浮かべながら紀子は続けた。
「――今朝、校門まで担がれて運ばれてたとか、顔を近づけて今にも口付けんばかりだったとか、色気のない水玉パンツ履いてたとか。出てくるわ出てくるわ、新学期早々、いいネタ提供してくれるじゃないの?」
 紀子の地獄耳ぶりは知っていたが、ニュースソースは極秘らしく、一度も教えてくれた事はない。絶句している私に、さぁ吐きな。と事情聴取の刑事のような台詞で私を追い詰めた。


「へぇ、あんたの初恋の君が桂木会長の父君だったの! それは衝撃の新事実だわ」
「……そのネーミング寒いから、いい加減やめてくれない?」
 事情を聞いた紀子の反応も私の想像に沿ったもので、その三文小説のような呼び方に嫌そうな表情をしながらも、私は釘を刺した。
「言っとくけど、これはネタにしないでよ。変に目立ちたくないし、私は紀子を信用して言ったんだから」
 先手を打っておけば紀子は渋々ながらも記事にしないと思ったが、紀子は私の牽制に曖昧な笑みを浮かべた。
「……何? まさか、記事にするつもりじゃないでしょうね?」
「や、それはないけど」
 妙に歯切れの悪い紀子を睨み付けると、観念したように紀子はぺろっと吐いた。

「今朝の事件はもうしちゃった」

 でも一応は名前伏せといたから。新学期そうそうパンチのきいた記事で新聞部の存在アピールしときたかったのよ。とかなんとか言ってる紀子の言い訳も耳を通り過ぎる。
 軽く人間不振に陥りながらも、私はどうか記事が峰藤の目にとまりませんようにと。と無駄な祈りを捧げた。

かくも、波乱万丈の新学期の幕開けである。



戻る / 進む