二十一話 / 御武運をお祈りいたします


「だっていかにも他の軍の大将のほうが強そうじゃないですか!」
 どちらかというと知的労働タイプだというイメージがあったから、騎馬戦なんていう激しいスポーツのしかも大将なんて務まるのだろうかと、峰藤の事ながらも一瞬心配してしまった。棒倒しと同じくらいに激しく怪我人も毎年出ている競技だ、他の団の大将を見てみても皆、背が高かったり見るからに運動が得意そうな三年生が選ばれている。峰藤は桂木ほど背は高くもないし、どちらかというと細身で運動をしているような筋肉のつき方はしていない。ちっちっち、と妙にむかつく動作で桂木は指を振った。そして私に紀子とは違う完璧なウインクを一つお見舞いした。
「俺が居ない騎馬戦じゃあ藤に敵なしだ」
 ずいぶんと自信満々な言い方だが、桂木が言うならそうなのかもしれない。それに――と、妙に低く神妙な口ぶりで桂木は続ける。私はごくりと喉を鳴らした。
「性格の悪さなら――」
「ぶっちぎりですね! そっかぁ納得納得――って、騎馬戦ぜんぜん関係ねぇ!」
 完璧なノリツッコミを決めた私に、本部から見物していたらしい佐伯兄弟のひそひそ声が聞えてきた。

《あのノリ突っ込みの切れ!》
《副会長をあしざまに言う度胸といい》
《ねぇ――佐伯三兄弟って、ありだと思う?》
《団子と被ってるから今一だな》


あんたら、全部マイク通してるからひそひそ話の意味無いし……! 超オフィシャル!

「誰が入るか!」
 きっぱりと叫ぶと、ちぇーと佐伯(ボケ)が口を尖らせる。ちぇーじゃない。私が鼻息荒くしていると、ひやりと空気が動き、その場の温度が二、三度下がったような気がした。

「へぇ、私を悪し様に」
 桂木が召還獣なら峰藤はさながら妖怪だ。出ちゃったよ。っていう感じ。私は責めるように桂木を見てみたが、彼はまるで気にした様子も無い。実際に貶していたのは桂木なのに、私が焦っていると私が怪しく見えてしまうじゃないか!
「悪し様なんて言ってませんよ! ――副会長、もう競技始まりますよ!」
「では、なんだと。――最初は北と南だから問題ないです」
 じわりじわりと追い詰められていく獲物の気持ちってこんな感じなんだろう。目線を太平洋の彼方まで泳がせる勢いで私は突破口を探してみたけれど、大鳥君は申し訳なさそうにこちらを伺っている様子だし、佐伯兄弟はいきなり元気溌剌と放送を始めるし、桂木は一人競技観戦を楽しんでやがるし。にっちもさっちもブルドックもいかずに唸っている私に、桂木が煩いぞと文句を言った。――誰の所為だ!
「藤、2Cはお前の事を悪し様になんて言ってなかったぞ」
 するとまさかのまさかで桂木が私をフォローするような台詞を吐いた。その時の桂木が私には救世主に見えていたことは言うまでも無い。その天使ミカエル様は、天使に相応しい微笑を浮かべた。
「見た目が弱そうだとか、その割に性格はぶっちぎりで悪いとか、俺のほうが百倍良い男だって。事実を言っただけだ」
「そこまでは言ってないですー! ってか、最後のはものっそい濡れ衣!」
「そこまでは、ということは多少は言っていたということですね」

 ブリザードが 吹 い て い る よ 。
 寝るな、寝たら死ぬぞ! 隊長、むしろ寝て楽になりたいんですけど……!
 私の現実逃避は疲れたような峰藤のため息で現実に戻された。いつもの無表情も多少疲れが見える。いつもの癖で眼鏡を押し上げると、峰藤は呆れたように言った。
「あなたが私をどう思っているのか。よく解りました」
「あ、あ、……あの、副会長!」
 いつものように峰藤が怒らなかったのにひょうし抜けて、すぐに向けられた背中に何故か凄く焦って、私は無意識に峰藤を呼び止めていた。振り返った峰藤は私の言葉を無言で待っている。
「別に、弱そうっていうか、性格はぶっちぎりとは言いましたけど……。それは、会長がのせたからで。副会長がぶっ飛ばされないかと、……心配だったというか」
 次第に目線も下がってくるし、組んだ手の指もぐるぐるとやりどころの無く回転し始める。もにょもにょはっきりしない口調でそう述べた私は、墓穴を掘りまくっている事に気付いては居なかった。峰藤は無言でそれを聞いていたが、そうですか。と一言返した。その声はさっきとは打って変わり、いつもの質の悪さを含んでいた。
「貴方に心配されるようになるなんて、私も焼きがまわったものです」
「どういう意味ですか」
 はっきりと揶揄られているのが解ったから、成るべく剣呑に聞えるように私は声を低くした。峰藤はその表情にきゅっと眉と唇の端を吊り上げた。まるっきり悪役顔である。桂木がジャイアンなら峰藤はスネオといったポジションだ。そうなると、私はのびたか……。「2Cの癖に!」とか言われても全然違和感なさそうな所は激しく嫌だな。
「同じ軍なんですから、私の悪口よりもっと他に言う事があるでしょう?」
 ……これは、もしかして。いやいやもしかしなくても。まさか応援なんてものを要求されているのだろうか。意外すぎる言葉に私は峰藤の顔に穴が開くんじゃないかというほどまじまじと見つめると、それに彼は不快そうに顔をゆがめた。

「……が、頑張ってください」
「独創性では及第点はやれませんね」
 応援に駄目だしされたよ!
 怨めしそうな私の視線に、まぁいいでしょう。とあからさまに妥協してますという態度で峰藤は頷いた。そして踵を返すと、自分の騎馬たちのところへ足を向ける。ふとひらめいた言葉があって、私はもう一度大きな声で峰藤を引き止めた。
「副会長! ――珍プレー期待してもいいですか?」
振り向いた峰藤は、ちょっと意外そうな顔をしていたが、にやりと笑った。

「私は逆フライングなんてしませんよ?」

 最後までいらん事言いである。ムカツク。
 放送席の佐伯兄弟に「放送部、来年度の予算案、お楽しみに」と軽く呪詛を吐いてから、峰藤大将は颯爽と戦場へと向かったのであった。



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