「そうですねあなた。私の女中ですから、仮にメリーアンという名前で呼びましょう」
 峰藤が要求したのはアリスの貞操……ではなく、自分の家の召使になり働く事でした。
「なんで? 私にはれっきとした名前あるんですけど! というか、その名前センス無い……」
「煩い人ですね。セオリーだからしょうがないでしょう。まだ喚くようであれば起訴しますよ」
 眉毛を吊り上げ、峰藤は嫌味たっぷりに言い放ちました。起訴という言葉を出されては、アリスは黙るしかありません。アリスが両手で口を押さえると、峰藤は少し頷いてからついてこいと目だけで命令しました。その動作一つ一つがアリスの癪に障ります。
 畜生、丸焼き! 
 アリスはけっこう根に持つタイプでした。

 廊下を進むとピンク色をした花柄の扉が見えてきました。扉を開けるとそこに広がるのはちんまりとしたリビングです。
「……顔に似合わず可愛い趣味してるんですね」
「刺されたいんですか?」
「いえ! まったくっっ!」
「――冗談に決まってるでしょう。では、仕事を与えますから、しばらくここで待っていてください」
 そう言うと峰藤は隣の部屋へと入っていきました。好奇心の強いアリスは部屋の中をきょろきょろと見回します。棚の上におかれた写真立てといい、テーブルの上のキャンドルといい、なんだか意地悪なウサギのイメージに沿わなくてアリスはむずがゆくなりました。ふと、視線を移したアリスを捕らえたのは、テーブルの上にある硝子の入れ物です。きらきらと輝くそれはまるで宝石のようでした。
「これ、なんだろう」
 アリスは峰藤の気配がしないのを確認してから、それをひとつ摘み上げてみました。それは白い砂糖をまぶした飴のようです。

「一個ぐらい……いいよね」
 アリスはそれをぽいと口の中に放り込みました。しゅわと飴は口の中で直ぐに溶けました。少し酸味が強く、美味しくて頬が落ちそうです。
 もう一つ、そしてもう一つ。
 アリスは結局、一つ残らず食べてしまいました。
「あれ周りの様子が変……ぎゃぁあ!」
 ぐんぐんと自分の体が大きくなっています。足が伸びるのは大歓迎だけれど、こんな狭い所で成長するのはノーセンキューです。しかし、アリスの願いも空しく、アリスは頭が天井に付くぐらい大きくなってしまいました。
「これを……って貴方なにやってるんですか」
 隣の部屋から戻ってきた峰藤は大きくなったアリスを見て眉をひそめます。そしてテーブルの上にある硝子の入れ物に視線を移すと合点が言ったとばかりに、深いため息を付きました。
「どこの世界に、人の家にあるものを断りも無く食べる人がいますか」
「こっこにいまーすっっ! どーでもいいですけど、戻してくださいよっ!」
 アリスはやけくそになっていました。どこか言い方も投げやりです。
 当然、捻くれた峰藤が了承するわけがありませんでした。
「それが人に物を頼む態度ですか。見えてますよ――色気の無い下着が」
「お願いします峰藤様。どうか元に戻してやってください」
 アリスは必死でした。乙女には酷すぎる羞恥プレイです。
「しょうがないですね。これを食べてください」
 差し出されたのはまたまた美味しそうなケーキでした。それを受け取るとアリスは勢いよく口に運びます。するとしゅるしゅるとアリスの体は縮み始め、もとの大きさ(といっても小さい時の)に戻ることが出来ました。
「あ、戻った」
「『あ、戻った』じゃないでしょう。何か言いたいことでもありますか」
「申し訳ありませんでした」
「宜しい」
 もはや関係は主従そのものになっていました。

 寛大(?)に許した峰藤とアリスはどつき合いつつ末永く幸せに暮らしましたとさ。

 ……で終わるわけがありません。反骨精神があるアリスが黙って峰藤に従うわけがないのです。それを話すのはまたこんど。




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