※(あまりためにならない)前回のおさらい。
 王子様のような微笑をもつ気違ってない帽子屋との邂逅。
 駄菓子菓子。ラブロマンスの夢があえなく崩れ去るのはワタカレのお約束。担がれアリスは鬼退治のお供続行中です。




 流れていく森の風景をアリスはぼんやりと眺めていました。もちろん担がれたままで。てくてくぶらぶらと桂木猫は気ままに足を進めます。はじめは必死にあがいていたアリスでしたが、桂木猫はびくともしませんでした。諦めたアリスは鬼に会ったとき全速力で逃げる体力を節約しておくのだと、自分に言い聞かせることにしました。
 そうこうしているうちに、森を抜けて二人はお庭のようなところに到着しました。そこでは、なにやら大きな紙のようなものにペンキで色を塗っていいる薄っぺらいものが。いいえ、あれは人でしょうか?
 面白そうなものだと判断したのか、桂木猫は飛ぶようなスピードでそちらに近づきます。それはトランプの体をもつ生き物でした。二人のトランプが必死で色を塗りつけているのをもう一人が傍観しています。
「はいはい、ちゃっちゃか塗るー! 女王様がくるまでに塗り終わってなかったらあんたらの首が跳ぶよ? 跳んじゃうよー?」
 物騒な台詞を吐いているのは眼鏡をかけたトランプ。ダイヤのエース。
「……伊藤先輩、いい気なもんだよなぁ。自分は命令するだけだし。俺達ってなんなんだろう。下僕?」
「聞くな。余計辛くなるだけだ」
 ぶつくさと文句を言っているクローバーの三に対してスペードの九はペンキのハケを黙々と動かしています。どうやら三人は誰かの肖像画を描いているようでした。それが誰かということにアリスは一発で気づきました。透き通るような不思議な色合いの翡翠の目。色素の薄い髪。不敵に歪められた口元。そしてなによりもくっついた猫の耳。どこからどうみてもチェシャ猫の桂木拓巳でした。
 黙々と作業に集中している三人はやってきた二人組みには気づいていないようです。うずうずとしていた桂木はアリスを地面に降ろすと、大きく息を吸い込みました。

「何をしているっっ! トランプどもめっっ!」

 ぎゃー! でたっ! と叫び声をあげたのはクローバーの三。その拍子に肖像画の桂木猫には立派な髭が生えました。
 ぐりぐりと締め上げられているクローバーの三を哀れな目で見つめるスペードとアリス。どちらも自分の身の安全が惜しかったのです。
「あっ! チェシャ猫さんじゃないですか!」
 きらんと眼鏡を光らせたのはダイヤのエース。もみ手をしながらも桂木猫に擦り寄ります。
「どうですか最近は、なにか儲か――面白いようなネタあります? んん、そちらは?」
 目ざといダイヤのエースはアリスに気づきました。その獲物を狙う猛禽類の様な視線にアリスの頬は引き攣りました。
「アリス、ですけど」
「ほうほう、アリスさん、と。それではアリスさん、あなたどこからいらっしゃったんですか? そして年はおいくつ? スリーサイズは? 失礼ですけど、チェシャ猫さんとの関係は? ぶっちゃけどこまでいった仲?」
 マシンガンのような質問攻めにアリスは目を白黒させました。
「あの、あなたは?」
 アリスが遠慮がちに言うと、ダイヤのエースは気づいたように自己紹介を始めました。
「あぁ、言い忘れてたましたっけ。私、トランプ探偵社の伊藤紀子です。そしてこちらが助手の佐伯AとB」
「伊藤先輩、僕らの名前覚える気ないでしょっ?」
「……佐伯Bです」
 佐伯トランプAは不満そうに口を尖らせましたが、佐伯トランプBは達観したように頭を下げました。紀子トランプは助手の不満もスルーでアリスに詰め寄ります。
「それで、あなたチェシャ猫さんの何?」
「何って……無理やり引きずられて来ただけの赤の他人です」
 きっぱりと言うと、何を期待していたのか目に見えて紀子トランプは肩を落としました。
 ちぃ。とくだねのにおいがしたのにはずしたか。じょうおうさまとちぇしゃねことありす。さんにんのちじょうのもつれ! すっばらしいねただとおもったのに。いやいや、たしょうねつぞうしておもしろおかしくじょうほうをうりつけるのもありだわ。
「あの」
 ぶつぶつと不穏な事を呟いている紀子トランプにアリスは声をかけます。それに気づいた紀子トランプは胡散臭そうな笑みを浮かべながら顔を上げました。
「はいはい、何かごようでも?」
「あの、貴方方はいったい何をやってたんですか? あれ、アノ人の顔にしか見えないんですけど」
 絵を指差ししながら、アリスはちらりと桂木猫を見ました。本人はといえば佐伯トランプAにサソリ固めをきめています。佐伯トランプAの叫び声をBGMに紀子トランプはあぁそのことですか、と納得したようでした。
「いえね。お恥ずかしい事にうちは万年貧乏な探偵事務所なんですよ。だから一種の何でも屋みたいなことやってまして。あれの依頼人の女王様、うちの常連さんなんですが、何をトチ狂っ――コホン。なぜかチェシェ猫さんにべた惚れしてましてね。彼の情報もいい値段で買ってくれるんですよ。で、今回の依頼はあのチェシェ猫さんの似顔絵、ってわけなんです」
「……物好きな人もいるんですね」
 佐伯トランプAを足蹴にして高笑いをしている桂木猫に視線をやりながらアリスは呟きました。

「ちょっと! これはどういうことかしら?」
 高い咎めるような声に、紀子トランプはあちゃあ、と顔をゆがめました。アリスが声の主をたどってみれば、そこには立派な衣装を身にまとった一人の女の人が仁王立ち。その人は桂木猫の似顔絵を見ながら、肩を震わせているようです。地を這うようなドスの聞いた声で女王様は唸りました。

「私の桂木君にヒゲなんか書きやがったのは、どこのどいつだこの野郎ぁ!」

 さてはて、登場したのは、チンピラかはたまた女王様か。
 どちらにしても巻き込まれてしまうんだろうな。と悲しき学習能力を身に着けていたアリスの運命やいかに。




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