セーラー服とストライプ




 それでもこそっと、壁のスキマにアリが這い込むくらいにこそっと言わせてもらうと、そりゃあ嬉しかったさ。ちょっとくらいはさ。
 なにせ特別者だぜ、特別者! ああなんて快感。
 そりゃあそうさ、個性的であれと言われ続けてきた平凡な世界の平凡な俺が、突然にわけもわからずではあるけど一気に個性的を飛び越えた称号を手にしちまったんだ。正直に言ってみろよ。ちょっとでも喜ばない奴がいるかってんだ。
 だから誰も俺のことを責められやしないさ、そうだろう! なにもわからず馬鹿みたいに頷いちまった俺を責められる奴なんていやしないさ。
 俺が頷いた瞬間、友則を筆頭にして雄叫びが上がる。なんだ興奮してやがんな、と俺は冷静に混乱。叫ぶ友則の声が現実世界を思い出させた。カラオケボックスの喧噪。
もう百年も前な気がする。
 ああでもお前ら、とにかく俺に事情を説明しろよ、歓迎パーティもどきなんぞ始める前に!
 しかし混乱する俺を差し置いてとっとと状況は暴走していく。おいおい、作戦会議はどーしたよ。どこ行ったよ。
 見たこともないような珍妙な料理が、気付いたらまんまパーティのごとく並べられていた教室の机にずらずらと並んだ。って待て待て、戦いの真っ直中じゃありませんでしたっけ? こんな馬鹿騒ぎして暴飲暴食していいんですか? あ、むしろ戦いの最中だからやるのか?
 またしても気付いたら乾杯五秒前。しかもどうやら俺が音頭をとることになっているらしい。え、なんだ。かんぱーいでいいのか。えらい和やかだな。
「か、かんぱーい」
 とりあえず言っとけ。


 騒ぎに騒ぐ奴らをかき分けかき分け、俺はともかく友則の元へ向かった。会ったらこのクソ野郎、事情を説明しやがれと言ってやる。
「おいこら友則!」
「おー、特別者様じゃねーか。楽しんでるか?」
「おうそりゃばっちり……ってんなわけあるかっ!」
 こんなときまでノリ突っ込みを決めてしまう自分にこっそり涙する。
「なんやねんこれ。なんでいきなり和やかにパーティなんぞ始めてんねん。いや、それはこの際どうでもええ。なんでもええから説明しろっ!」
「説明しろって言われてもなあ。亜矢はなんも言わなかったのか?」
「なんも言えへんかった! ちゅーか、亜矢って一体何者なんや」
「さあ、よくわかんねえんだ。こっちと、あんたの、あんたがいた世界? に半々くらいにいるんだけど。んで俺らを助けてくれてんだけど」
 なんだそりゃ。正体不明の美少女なんて、何十年前に使い果たされたネタだよ。
 しかも話を聞くところによると、もんのすげえ亜矢ってスゴそうなんだけど。俺なんかの軽く万倍くらいはスゴそうなんだけど。まず美少女だし。
 ここで待て、と思い直す。そもそもなんで俺が特別者なんだ? 亜矢のほうがよっぽどそれらしいじゃねえか。どんなときでも普通でいられるからって、いやいや、俺今混乱しまくりなんだけど。既に全然普通じゃないんだけど。いや俺普通だけど、平凡な男だけど。でもそんな超がつくほど普通なわけでもな。この眼鏡は相当変だ
と思うし、関西弁だし。取るにたるものはないけど取れないものもないわけじゃないってことだ。
「そもそもお前らは何者で、なんで、誰を相手に戦ってんねん」
「俺らはレジスタンスで、相手は政府で、自由を求めて戦ってんの」
 きた。きたきたきた! 使い古された設定第二弾。ほとんど予想通りで、予想通り過ぎるのが予想外なくらい。想定内かつ想定外。
「政府がなんか隠してやがんだよ。それさえ見つけりゃ、絶対に勝てるんだ」
「どっからその確信は来んねん」
「そういうものだからな」
 あっ、そうなの。
 もう、そうなのとしか言えねえっつの。突っ込みどころがありすぎてねえよ。
 じゃああれか。俺は政府相手にドンパチやらかさなきゃなんねえってことかよ。映画かよ。俺はムキムキマッチョのハリウッド俳優かよ。「I'll be back.」とか言わなきゃなんねえのかよ。
「ちゅうか今はどういう状況なん?」

「よし、じゃあ行くぞ!」
 いやいやいや、展開早すぎるっつーの!


 そして話は冒頭へと戻る。まさにドンパチ真っ最中。俺は無闇に考え中。
 俺の後ろには友則及びその仲間たちが控えてゲームのごとくばんばん魔法を使ってくれている。炎やら、水やら。時折何か叫んでいるのは技名か、そんなとこまでゲームっぽいな。
 でも勝てる見込みはなさそうに思う。俺を挟んで前方にいるのが政府の面々だ。いわばエリート軍団だ。かっちりスーツに身を包んでいるのが癪に障る。
 その上前線中の前線でバリバリ雷なんぞ出しちゃってるストライプスーツは見たところどうも二枚目だ。これだけで世界中の呪詛を浴びるに値するってもんだ!
 唯一感心なのはエリートであればあるほど前にいるってことくらいだ。現実世界の、マホガニーかなんかで出来た机を目の前にくるくる回っちゃったりするふかふかの椅子に腰掛けてのうのうと葉巻をくゆらせているお偉いさんなんぞよりはよっぽど感心だ。いいとこっていやそんくらいだけど。
 そんでもってそのエリート軍団は見かけ倒しじゃなさそうだ。ドンパチ開始からもう年単位で過ぎていってるような気はするが、まあ恐らく三十分くらいだろう。でもそれだけの時間でわかる。
 あいつらはやばい。
 例えば、友則軍団(と勝手に名付けた)のなかの炎使いは俺のクラスメイトの中にもいた人志ってやつなんだが、人志の出す炎とエリート軍団の炎は言うまでもなく桁違いだ。どんくらいっつうと、タバコの箱と、それが売ってるコンビニ丸々くらいの違い。大人と子供どころじゃねえよ!
 加えて、『真実』ってなんだ。どこにあるんだ。どうやって探すんだ。そもそもあるのかそんなもの!
 おおっと、考えてたら足がお留守になりかけていた。丸焦げチキンになるのだけは勘弁だ。落ちそうな眼鏡を、すぐずり落ちてくるとわかっていながらも押し上げてしまう眼鏡歴十年目の悲しい性。
 政府の連中が隠してるっつうくらいなんだからまあ政府関連の場所にあるんだろうと見当をつけてやってきたわけだが、建物に入るどころか見つかってから文字通り一ミリも進んでいやしねえ。むしろ後退し気味。

「間宮」
 それは救世主の声のようだった。まさしく! ああ、神よ!
 何故って、それは亜矢の声だったからだ。それにしても間宮って誰だ。俺は藤原政司だし、友則は芳沢友則、人志は松村人志だ。ちなみに人志はあと一文字で超絶にイカス名前だったのに本当に惜しいと思う。
「やりすぎよ。特別者に当たったらどうするの」
「は、申し訳ありません、亜矢様」
 え、亜矢様? なんですかそれ。
 どうしてかストライプスーツの後ろから現れた亜矢は相変わらずセーラー服で、つまりは最後に見た亜矢から外見的にはなんの変化もないってことで。
 え、亜矢って味方じゃなかったっけ? 謎めいた味方じゃなかったっけ?
 謝ったのはストライプスーツ。備考欄には二枚目エリートって書かれるだろうストライプスーツ。間宮はストライプスーツだってことだ。
「生け捕りにしなさいと言ったでしょう」
 い、い、生け捕りぃ?
 お決まりパターン第三弾か。どんだけ続くんだこの設定。ミステリアスな一見味方の美少女、イコール悲しい過去を抱えた裏切り者ってか。亜矢が悲しい過去を抱えてるかどうかは知らねえけど。
「ですが外野がうるさくて」
「放っておきなさい。ともかく特別者を捕まえるのよ」
「かしこまりました」


 そして俺はあっさり捕まってしまった。
 ちょっと前のドンパチが嘘のようだ。あの非現実な戦いがちょっと懐かしい。あんまり怖くなかったし。怖かったといや怖かったけど。
 捕まって入れられた部屋は、普通の客室のようだった。レジスタンスの希望の星、政府の敵の扱いにしてはよすぎるくらいだ。
 こんな展開で目的地に辿り着くだなんて、予想しちゃいなかったとは言わないけれどあまり嬉しくはないことだった。今はまだ上々の扱いだが、いつ拷問された挙げ句ころっと牢に入れられちまうかしれない。その可能性、高いし。
 あのストライプスーツ、名前は間宮優一らしい。ご丁寧にも名乗って名刺まで渡してきやがった。イチバンスグレタって、名前まで嫌味な奴だ。嫌味の固まりだ。名刺をびりびりに破ってやろうと思ったがやめておいた。
 それにしても亜矢は何者なんだろうか。政府関係者なのは確かだ。どうもかなり偉いのも確かだ。いちいち思い直すまでもないくらい、富士山は日本一高い山だってくらいにいまや明確な事実だ。悲しいコトながら。

 突然ドアがノックされた。俺は咄嗟にどうぞと言ってしまう。ああ、悲しき日本人の性。
 入ってきたのは亜矢だった。緊張して眼鏡を押し上げる。はっきり敵とわかった亜矢。フレンドリーな対応をしろってほうが無理がある。
 もちろん亜矢も「ハーイ亜矢、ごきげんよう!」なんて挨拶をされることは期待も予想もしていなかったようで、くそ真面目な表情で近寄ってきた。
「政司」
 俺は当然のことながら返事をしない。
「大事な話があるの。『真実』のことで。私のこと、信じられないかもしれないけど」
「裏切り者に言うことも聞くこともあらへん」
 裏切り者、と言うと亜矢の顔が歪んだ。その歪みは一瞬で、悲しくて歪んだのかただ嫌な気持ちで歪んだだけなのか判断できなかった。
 歪みは一瞬だったけれど、次に襲いかかってきたのは透明な液体だ。名前を涙言うらしい、女の持つ最強の武器。軽く核に匹敵する威力を持つ。
 自慢じゃないが俺は女の涙に弱い。格好いい類のそれじゃなく、無駄におろおろしてしまう類の。
 亜矢が泣いている。
 いや、なんで泣くよ。どっちかってえと、泣きたいのって俺の方なんだけど。


 どうする、俺。どうするよ。

《続》


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作者/ しきみ